先週の記事を出したあと、Nostrにビットコイン上のステーブルコインについて賛成派の意見を代弁する記事が出てきました。投稿者はAxiomというビットコインVCでパートナーを務めるAllen Farrington氏です。

https://habla.news/u/allen@nostriches.net/1744492662501

かなりの長文ですが、彼の主張の要点をまとめると:

①ビットコイナーが嫌がろうとも、投機以外で「クリプト業界」がPMFに到達したユースケースは価値の保存としてのビットコイン、エネルギー生産の収益改善としてのマイニング、そしてデジタルドルとしてのステーブルコインである。

②「ドル覇権を支持することは良くない」というビットコイナーの反論は特定の価値判断を押し付けるものである。むしろ、ステーブルコインは顧客資産のステーブルコイン発行者(そして米国債)への移転が伴うため、銀行の視点からすると部分準備銀行制度に対する攻撃に他ならない。ビットコイナーは部分準備銀行制度に反対すべきである。

③「ステーブルコインにブロックチェーンは不要」というビットコイナーの反論は事実かもしれないが、使ってはいけないわけでもない。たとえ原理的に愚かなことであっても、競争相手である銀行など法定通貨のDBと比べると圧倒的にユーザーにとって便利であることが価値訴求であり、それでPMFを達成している。オープンな決済インフラは発行体にとっても便利である。

④ただし、ビットコイナーの指摘自体は間違っていないため、世界の富がビットコインで測られ、決済の多くがビットコイン上で行われるようになったとき、ステーブルコインの発行はよりスケーラブルでビットコインに近いTaproot Assetsのようなレイヤー2プロトコルや、ブロックチェーンを必要とせずライトニングに接続できるEcashなどに置き換えられていく。

今回はこの記事を読みながら、彼の主張を分解し、改めてなぜビットコイン上のステーブルコインは好ましくないか、そしてどうやったら好ましくなるかを考えてみます。なお、①については同意を前提とします。

・ステーブルコインと準備銀行制度とビットコイナー

・ビットコイン上のステーブルコインは使いやすさで勝てるのか

・抜けているガバナンスへの影響力の観点

・Ecashの未来は明るい

ステーブルコインと準備銀行制度とビットコイナー

Allen Farrington氏は②の主張でドル覇権に反対するビットコイナーの意見を価値観の押し付けとしながら、ステーブルコインを部分準備銀行制度への刺客と位置づけて、敵の敵だから見方では?という論法を展開していますが、この構造は根本的に間違っていると考えます。

確かにジェネシスブロックに刻まれている新聞の見出しは、部分準備銀行制度の失敗に対して中央銀行が救済することに対する強烈な皮肉になっています。ビットコイナーが言う「Fiat ruins everything(法定通貨が全てをダメにする)」の根底にあるのはこのモラルハザードでしょう。特に昔からのビットコイナーほど銀行に対する憎悪を抱いている印象がありますし、通貨制度の問題点がビットコインの価格上昇の一因なのも間違いないでしょう。

ただ、ステーブルコインは果たして部分準備銀行制度に対する挑戦なのでしょうか?Farrington氏の意見を掘り下げると、ステーブルコインが預金ではなく米国債を裏付けとしていることと、ステーブルコインが信用創造されていない(レバレッジがかからない)ことが前提となっています。しかしその前提はどちらも額面通りに受け入れられないものです。

まず、米国政府などが自身で発行する米国債を裏付けとしてステーブルコインを発行しない限り、ステーブルコインの裏付けとなる米国債はどこかの銀行にあるドルで購入されます。(一次取得なら米国政府に、二次取得なら売り主の銀行口座に残高が付け替えられるのみです。)ステーブルコインの発行に伴って預金が減って部分準備銀行制度が崩壊するとは考えにくいのではないでしょうか。

次に、ステーブルコインには信用創造するインセンティブしかありません。実際にTetherは過去に裏付け資産を投資しており全額がドル同等物で裏付けられていると虚偽の主張をしていたとして2021年に4100万ドルの罰金を食らっています。

運用目的ではない場合でも、例えばCircleはUSDCの裏付け資産のうち33億ドルを2023年に破綻したSilvergate Bankに預金していたことが話題でした。おそらく、米国債での運用だと金利上昇局面で評価額が減り、準備金が欠損してしまうリスクを嫌ったのでしょうが、このように意図的でなくとも信用創造してしまうことだってあります。

仮にビットコイナーは部分準備銀行制度に反対すべきという主張が価値観の押し付けではなかったとしても、上記はステーブルコインが部分準備銀行制度を壊すわけではない根拠になりそうです。

ビットコイン上のステーブルコインは使いやすさで勝てるのか

次に、③でFarrington氏はステーブルコインは銀行口座の利便性を圧倒的に改善したものだとしています。そこに関して異論がある人は少ないでしょう。また、ブロックチェーンを使う・使わないという選択肢もそれぞれ判断としてありえると私も思います。そのあたりに異論はありません。

異論がないのは記事は「ブロックチェーンを使う必要がない」に反論しているからであり、本来議論すべき反対意見は「ビットコインブロックチェーンを使う必要がない」、あるいは「ビットコインブロックチェーン上で発行しても勝てないのでは」のような意見なのではないでしょうか?

先週の記事で私はこう言いました:

ステーブルコインはチェーンに対するロイヤリティなど持ちません。セキュリティで問題となるのはあくまで裏付け資産の保管だけで、チェーン側は送金が巻き戻らない程度で問題ないためです。むしろ、スマートコントラクトを使って犯罪関連アドレスの凍結ができたほうが都合いいとさえ言えるでしょう。したがって、ステーブルコインはビットコインのパワーバランスに影響を及ぼしつつ、ビットコインに対して強いコミットメントや貢献があるわけでもないという厄介な存在なのです。

ステーブルコインの発行媒体はあくまでセキュリティ面ではなく、ユーザーの需要で生まれるわけですが、それは果たしてビットコイン上になるのでしょうか?(Farrington氏の論では、ステーブルコインユーザーは別にビットコインがほしいわけじゃないとしています。では、ビットコインブロックチェーンをあえて使う理由もないのではないでしょうか?)

実際、ステーブルコインの大半はEVM互換のチェーンで発行されています。同じウォレットを利用できること、既存のDEXやブリッジが使えること、Defiのエコシステムがあることなどが原因と思われますが、ビットコイン上のステーブルコインはこれらを全てこれから積み上げていく必要があり、近い将来に主流になる可能性が高いとは考えにくいです。

抜けているガバナンスへの影響力の観点

先週の記事で触れたビットコインのガバナンスに対するステーブルコイン発行者の影響力については、今回取り上げた記事では一切触れられていません。確かにビットコインでここ最近話題に上がるトピックではありませんでしたが、Farrington氏は忘れているのか、それかポジトークで触れずにいるのかなと思いました。

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なお、ポジトーク自体は個人的には好ましいことだと思います。ポジションを取らない状態での意見ほど無意味なものはないので。

これに関しては先週の記事を読み返していただきたいですが、簡潔にまとめるとビットコインがフォークした際に、預り証であるステーブルコインはどちらかのチェーンを正統とみなす必要があり、十分に規模が大きければネットワーク効果を武器に大きな影響力を振るえる可能性があります。

ステーブルコインはビットコインにとって「利便性向上の起爆剤」か、「歓迎されざる競合」か?
ステーブルコイン流通の中心地がビットコインから他のブロックチェーンへと移って久しい近年ですが、ビットコイン、特にライトニングにステーブルコインを取り入れようという動きが盛んになってきていることはご存じでしょうか? 過去に本稿で紹介したことのあるOmniBOLTは立ち消えてしまいましたが、Taproot AssetsやRGBといったビットコイン上のトークン発行プロトコルはまだ健在で、特にTaproot Assetsに関してはUSDT(テザー)と協力してステーブルコインの流通を始める寸前という状況です。 2024年はTaproot Assetsの年になるのか?草コイン投機需要を虎視眈々と狙うTiramisu Wallet昨年はOrdinals Inscriptionsの誕生に端を発してビットコイン・ブロックチェーン上での投機熱が盛り上がりました。NFTから始まったブームは草コインへと移行しましたが、Ordinalsに対応していれば同じウォレットで取引できることで一つのエコシステムとしてまとまっている感覚はあります。 ところがNFTの文脈であればある程度理解できた「ビットコイン上にデータ

同様にETFなどのカストディアンも影響できる!という意見もあり、この意見に一理あるのは事実ですが、彼らはどちらのコインが主流になるか見えるまでどちらかのポジションを取らなくても(両方のコインを保有し続けても)問題ありません。一方、ステーブルコイン発行体はフォーク時点でポジションを決めている必要があります。

ビットコインがドル覇権に挑戦するものであると同意するなら、「敵」にそのような影響力を与えるのは愚かではないでしょうか?実際、Farrington氏はTetherが事実上のCBDCへと徐々に変貌しつつあることを同じ文章内で懸念しています。

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ステーブルコインの発行体がドル預金や米国債を持っているなら、その「人質」を使って米国政府がビットコインを振り回せるようにするのは非常に好ましくないと考えます。

Ecashの未来は明るい

最後にFarrington氏と同意できるところですが、Taproot Assetsの採用に関しては上記のデメリットが上回ると考えていますが、ステーブルコインが最終的にブロックチェーンを必要としないEcashのような形で発行されていくという世界観に関しては同意しますし、好ましいとも思います。

Ecashについてはこちらの過去記事を。

Chaumian E-cashを扱うエコシステムがCashuを中心に活発化
本稿でも2021年夏に紹介したFedimintはその後も着々と支持を集めており、特にフェデレーション型ではない通常のカストディによるChaumian E-cashエコシステムが成長し続けています。カストディと引き換えにプライバシーとスケーラビリティを実現するFedimint及びChaumian E-cashについては下記の記事をご覧ください。 Federated Chaumian Mintsで分散カストディアル・ライトニングウォレットビットコインのレイヤー2はライトニングネットワーク以外にもいくつか出てきていたり、提案されています。そのうちの1つとして、Federated Chaumian Mintsというものが少し話題になっていたので、それがどういうもので、何ができるのかを調べてみました。 https://fedimint.org CHAUMIAN MINTとは ビットコインが誕生する前にも、いわゆる仮想通貨というものは実験されていました。新しいものから遡ると、代表的なものではE-gold、Liberty Reserve、Digicash (Ecash)などが挙げられます。特に、公

Farrington氏の主張で特にいいなと思ったのが、現状のステーブルコインだと送る側と受け取る側が同じステーブルコインを信用しないといけないことが強力なネットワーク効果を生み、USDTがマーケットシェアの8割、残りの大半がUSDCという状況を生み出していることを引き合いに、Ecash型のステーブルコインなら異なるステーブルコイン間でもライトニング経由で決済できるという主張です。(Taproot Assetsを使ったステーブルコインに関しても同じだと思います)

ただ現状でも異なるステーブルコイン間をDEXなどでスワップできるので、どれくらいの違いが生まれるかはわかりませんが。

まとめ

・ステーブルコインが準備銀行制度や法定通貨に対する一種のアンチテーゼという見方は直感通り矛盾しているのではないか

・ステーブルコインの利用者がビットコインにこだわらないのであれば、あえてビットコインブロックチェーンで発行されるステーブルコインを選ぶ理由は希薄ではないか

・そもそもビットコイン上にステーブルコインを招くのはビットコインの価値を毀損しかねないのではないか(先週の記事参照)

・ステーブルコインの発行媒体が長期的にEcashのような非ブロックチェーンの形態に収束していく可能性はありえるし、好ましいかもしれない