NFTについては、敢えて言及を避けてきましたが、ビットコイン研究所内ということでいくつか思っていることを書こうとおもいます。NFTというのはおさらいしておくと、non-fungible tokenの略で、それぞれが区別できる固有のコインであるという意味です。

ブロックチェーンの応用として、古くから、さまざまな「権利」のトークン化があげられていました。デジタルアート、トレーディングカード、不動産などのトークン化といったものです。これが今年になって一気に実用、一般化したといえます。その中でも話題のNFTのデジタルアートに絞って今回は書きます。実はわたしはアートコレクターでもあり、コレクター歴12年、保有作品は500点を超えています。アートと、クリプトの両方に精通しているのは日本でも私くらいでしょう。NFT面からの考察は多数のひとが論評していますが、アートを理解しているひとからの論評はまだ見たことがありません。

そこで、私からは、アートの視点をふまえたNFT評をしてみたくおもいます。なぜ、NFTアートはアート足りうるのか?なぜNFTアートが値上がりしているのか、NFTアートは既存のアートを超えるのかといったことを考えます。

i. NFTアートの美術的な評価は「ゴミ」

NFTアートの画像をみると、その多くがイラストレーションであり、アートではありません。普通のひとは、どれがイラストレーションで、どれがアートなのかを区別するのは難しいと言えます。Hashmaskのようなマスク絵などは、完全にイラストレーションです。アート的な要素はありません。現在では、アートというのは広い意味と、狭い意味があります。いわゆる「印象派」とか「現代アート」といわれるものは狭い意味のアートで、これは西洋のルネッサンス期から引き続き歴史や文脈がつながっているアートのことです。

日本で言うと茶道みたいなもんであり、一定のお作法や、文脈があって、そういうのがないとアートとして成立しないといわれます。正確には成立しないわけではないけど、アートっぽく見えないので、コレクションの対象にならないということです。茶道でも、伝統を作法などを踏まえず、まったく独自の所作で茶をつくって飲んでも、それは「飲茶」であっても「茶道」ではないはずです。茶道のなかには、伝統をあまり気にせず、簡略化したり、気軽にたのしめる茶道を提唱する茶人も居ます。しかしそれは伝統を無視しているのではなく、伝統のエッセンスを現代風にアレンジしたり、解釈しなおしているからです。だから、コンテンポラリー(現代)茶道というのが成立するわけです。そのアレンジや解釈がまったくなく、完全独自の茶の飲み方をするひとがいても、それは茶とは認められないはずです。茶道の話が分かりやすかったかと思いますが、いわゆる欧米を起源とするアートは、現代アートとよばれる一見するとわけのわからないものばかりにみえるジャンルであれ、一定の作法を継承しています。

さてNFTアートを見る限り、これらの作法を継承した作品はまったくといっていいほど見当たりません。ほぼすべてが、いわゆるイラストレーションであり、アートな要素がないのです。つまり、現代アートとしてコレクション対象となるような表現はみつかりません。まず、これを抑えておいてください。

さて、アートというと広い意味のアートが有ります。これはいわゆる表現活動という意味でのアートという意味です。これは絵画を含み、ダンスや、俳句、歌や音楽や、工芸品なども含みます。広い意味でのアートとは、ショーパブダンサーや、盆栽職人、刀鍛冶でも、アーティストであり、アートなのです。

しかしこれらは欧米を起源とする現代アートとはまったく別の世界です。欧米を起源・歴史とする作法のある現代表現(現代アート)⇒狭い意味でのアート表現活動一般で、なんでもいいから創作性のあるもの⇒広い意味でのアートということです。さてNFTアートは、再び書きますが、広い意味でのアート表現がほとんどです。創作活動であり、創作性があるものの、現代アートの文脈から評価すると、現代アート(狭い意味でのアート)とは言えないものばかりです。

たとえば、Hashmaskのマスク絵などが代表です。あれはどう見ても、現代アート(狭い意味でのアート)には見えません。つまり、現代アートのプロやコレクターから見ると、NFTで書かれている絵は、取るに足りないもの、美術として、取り上げるに当たらないものであるという評価です。「素人の表現活動としてはいいけど、まちがってもアートではない」。これが現代アートんのプロやコレクターからのNFTアート一般への評価です。つまり、やり取りされているモノは美術的な評価としてはゼロであり、ゴミそのものです。ではなぜ、そのゴミに価格がついているのかというは、後述します。

ii. なぜNFTアートが値上がりしているのか?美術的価値ゼロのゴミになぜ価格がつくのか?

美術的にはゴミの評価しかないNFTのアートがなぜ高値でやり取りされるのでしょうか。シンプルな答えは草コインだからです。草コインの多くも実用度はゼロで、何の役にも一切立たないばかりか今後も一切立たなそうなものが相場でやりとりされています。なぜかというと、相場があれば、一山あてられるからです。つまりギャンブルのゲームなのです。NFTアートは、それぞれに相場がある、小さい草コインだといえます。最も的確な表現をすると「それぞれに釘調整された多数のパチンコの新台」である。これが的確な表現だとおもいます。釘調整の度合いが台ごとに違うので、固有性がある=NFTということです。単にパチンコ的な射幸性があるから、NFTアートに値が付いているわけで、NFTアートの美術性の評価はどうでもよいのです。なにかそれらしい絵がついてれば、パチンコ台としては十分です。

さらにNFTアートは、自己売買で値段を釣り上げることができます。イーサリアムアドレスを複数用意し、その間で値を釣り上げるように取引していけば、そのNFTの値段があがったように見えます。そこでうっかり、他人がそのアートを購入してくれれば、見事に売りぬけ成功です。ババを引かせることができたというわけです。ほとんどのNFTアートの価格上昇は、実際は自己売買ではないかといわれています。NFTは草コインを作って上場させるより、技術もいらないので、とても簡単です。適当なイラストを100枚くらいクラウドワークスで誰かに安く書かせて、NFTとして売り出し、自己売買で値段を釣り上げ、カモが買ってくれたら売りぬけ成功。草コイン創業者より、NFTアーティストのほうが簡単(ロースキル)でお金をつくることができます。

こうして大量のNFTアートが供給されているのが現在です。そしてどのNFTアートも価格がめちゃ上がっているように見せかけているのが現状だといえましょう。ババ抜きゲームよりひどい、完全なScamだといっていいでしょう。しかし、Scamであってもやりたい人がいるのといっしょです。だからパチンコの新台なわけです。100台あって、それぞれ微妙な釘調整された新台。NFTアートの真実はそれです。

iv.Beepleの作品評価と、彼がしたかったこと。

Beepleの作品が70億円で落札されました。しかもクリスティーズというれっきとしたオークションハウスで落札されたというので話題になりました。しかし、わたしはこれも裏では誰が売買しているかはわからないとおもいます。Beeple氏による自己落札の可能性すらあるとおもっています。ひとつおもしろいのは、Beeple氏の作品は、現代アートとしてみて、一定のクオリティがあるということです。これを普通に展覧会で発表したら、現代アートとして認められるでしょう。美術的な評価はつくとおもいます。私がみても、Beepleの作品は、現代アートの文脈を抑えており、Beeple氏自体はアートが分かるひとであるか、ホントにアーティストである可能性があります。彼は最近NFTはすべて無価値になるだろう的な発言して物議をかもしだしました。

つまり、僕は、これはBeeple氏による社会ハック的な抗議活動だとおもっています。クリスティーズという伝統有る会社を巻き込み、他の有名な高額落札作品たちをコケにして、新興の自分のアートを70億で落札という記録を作る。たぶんこれは自己売買です。イーサリアムで支払いがなされたことをもっても、単にBeeple氏がイーサリアム長者で、100億円くらいのETHをもっていただけかもしれません(そのくらいの長者はたくさんいますし、または一時的にETHを借りるのも容易です)。クリスティーズには、落札手数料を支払わなくてはいけませんが、その代金を売名手数料と考えれば、ありえない金額ではありません。Beeple氏は、クリプト界隈と、アート界隈、お金にまみれたオークションハウスな仕組みなど、そういうあたりのものをまとめて皮肉るという表現をしたかったのかもしれません。そうだとしたら、たいしたパフォーマンスであるといえます。拍手を送りたい。

v. NFTアートは既存のアートを超えるのか?

NFTアートブームはいずれ呆気無く終わるでしょう。草コインブームと一緒です。しかしながら、パチンコ中毒者はいなくならないのと一緒で、新台は供給されつづけ、一定の業界を形成するでしょう。しかしそれは、NFTパチンコ業界とも呼ぶべきものであり、現代アートの業界とは一切関係ない、まったく別のものになると思います。最近、ブームに乗じて、村上隆やダミアンハーストといった本職のアーティストがNFTを発行する実験をはじめました。まだどうなるか結果はでていませんが、これも不発で終わるのではないでしょうか。

vi. NFTとコピーライト

さて、最後に希望が有る話をします。NFTは何の権利を売買しているのでしょうか。NFTアート買って手に入れたものは何でしょうか?自己満足でしょうか?NFTアートは、単なる自己満足が買えるだけのものと、アートの画像の利用権が買えるものの2つが厳密にはあります。前者は自慢したり自宅で鑑賞する以外の用途はありませんが、権利が買えるものは商業利用できます。つまり、ドット絵をプリントアウトして展覧会をしたり、ドット絵をTシャツやグッツにプリントして販売するといった商業利用の権利が手に入るというわけです。この権利の売買がNFTでなされていると考えると、それなりの意味を見出すこともできます。ドット絵のTシャツが商業的に価値が有るかはともかく、商売に利用できるコピーライトに値段がついて売買されるというのは、いままでにもあった普通の商行為であり、なんら違和感を感じるものではありません。私がNFTを購入するとしたら、権利付きのものを購入し、展覧会とTシャツグッツを販売して、話題づくりをするというパフォーマンスをするとおもいます。以上非常に長くなりましたが、何かの参考になれば。(大石)