ビットコインの相続は今後需要が大きくなっていく重要な課題です。基本的には、被相続人が生前にはビットコインを自由に使える状態を維持し、セキュリティを保ちつつ死後に相続人にスムーズにカストディを移行できるプロダクトが望まれます。

もちろん、被相続人がビットコインについてどれくらい詳しいかによっても選べる選択肢は変わってきます。個人的には相続させる気があるならそれくらい教えてあげればよいと思いますが、それでもマルチシグなどが絡むレベルになると教えるのも一苦労です。(簡単なマニュアルなどあれば良いのですが…)

今日はCasa、Nunchuk、Unchained、Riverが提供する相続支援プロダクトと、そのオープンソース版ともいえるLianaについて解説します。ちなみに、Lianaについては6月にArkの記事の末尾で軽く紹介しました。

ビットコインで話題の新レイヤー2「Ark」はどのような技術なのか
読者の皆さんはちょうど昨年のこの時期にBurak Keceli氏がBitcoin 2023カンファレンスで「Ark」として正式に発表したレイヤー2の話題を覚えていらっしゃるでしょうか? 今年の5月29-31日に開催されたBitcoin SeoulカンファレンスでArkの開発者のうちの1人(Steven Roose氏)による発表と質疑応答の時間があり、ようやく自分の中で内容の整理がつきました。発表当初と少しデザインが変わった部分もありますが、今日はArkの仕組みについて軽く解説してみようと思います。 ・コベナンツを前提としたArkの仕組み(図説) ・少し仕組みを変えて現在稼働しているArkもある ・おまけ:コベナンツではないが、相続を念頭に置いたウォレットLianaが面白い

それでは早速始めましょう。

・相続支援プロダクトが想定するリスク

・各プロダクトの特徴からみた対象ユーザー

・日本市場向けのプロダクトに求められるものとは?

相続支援プロダクトが想定するリスク

ビットコインの相続はつまるところ、コインを動かすアクセス権限をどのように相続人に移行させるかの問題です。まず、一番簡単なソリューションである「相続の事実を確認して口座のアクセス権限を相続人に渡す取引所」を考えてみるところから出発しましょう。

Aさんが利用する取引所Bは、相続人であるCさんによるAさんの死亡証明書や遺産分割協議書の提出を受けてCさんに口座のアクセス権限を渡したり、Cさんに口座を開設させて相続分の財産を移転させることができます。一番シンプルで、相続人はビットコインについての知識もほとんど必要なく、日本では何の違和感もなく受け入れられそうな仕組みですが、いくつかの欠点があります。

取引所に対するカウンターパーティーリスク

まず、Aさんはいつ死亡したり重度の障害を負ってしまうかわからないため、この仕組みを利用するには常に取引所にすべてのビットコインを置いておく必要があります。なんなら複数の取引所に分けることも上記の手続きを複雑化させてしまいます(異なる取引所間で同じ相続人が自身の分割分を超える資産を割り当てられようとする状況も考えられるため)。

そのため、生前から取引所のカウンターパーティーリスクをがっつり追ってしまうこととなります。

生前に自由に使うことが難しい

上と関連して、取引所に預けていると気軽に引き出して使うことも難しかったりします。例えば引き出す際の手数料が高かったり、目的を聞かれて時間がかかるなどです。単なる投資対象として保有するならともかく、使う場面もある場合は取引所に預けていると非常に不便です。(ライトニング対応で少しマシになるかもしれませんが)

海外取引所では利用できない?

国内の大きな取引所はどれも相続時の流れがウェブサイトに明記してあり、それなりに件数のある問い合わせだとわかります。ある程度ちゃんとした対応が期待できるでしょう。

しかし、オフショアの取引所を使っている場合はあまりスムーズに実行できない可能性が高いです。最悪の場合、その手続き自体がなかったり、頓挫したり、拒否されるなどして財産を相続することができないでしょう。

一方でセルフカストディで自流で相続対策を行う場合は以下の問題に直面するでしょう:

高いセルフGOXリスク

あまりに我流の方法を作ってしまうと、死後に誰もビットコインの行方がわからないという可能性が出てきます。ビットコインだけを相続放棄できないから相続人は困ってしまうかもしれません。

かといって、生前に相続人にビットコインの扱い方を教えようとしてもなかなか学ぼうとしてくれない場合だって考えられます。自分が亡くなる見通しが立っていればまだしも、突然の事態に備えられている方はより少ないでしょう。かといって、秘密鍵のバックアップ自体を渡してしまうと誤って流出させてしまったり廃棄してしまうリスクなどもあり、なかなかセルフGOXを防ぐのは難しいです。

場合によっては我流でシードフレーズを相続させたりするリスクのほうが取引所に全部預けるより高い可能性すらあります。(今日紹介するようなサービスはすべてポジトークも含めてそう主張するでしょう)

相続で揉めるリスク

マルチシグを使わず、単に秘密鍵をバックアップしていてその場所を教えておくようなケースでは、上で述べたセルフGOXのリスク以外にも相続人間で遺産分割に際して勝手にビットコインを動かしてしまうなどのリスクもあります。せっかく遺すのなら思い通りの分割で直接渡したいものですが、シードフレーズ自体を預けてしまうと相続人(あるは弁護士などシードフレーズを預かってくれる主体)の善意に頼ることになります。

このような様々な課題をできる限り解決しようというのがマルチシグを使った相続支援サービスで、その中でもそれぞれが差別化を目指しています。

各プロダクトの特徴からみた対象ユーザー

例えばCasa, Nunchuk, Unchained, Riverの共通点はいわゆるCollaborative Custody(顧客と企業のマルチシグ)を用いていることです。各社いくつかのプランを提供していて、例えば高額なプランを使うと死亡証明書を検証して相続にかかる時間を短縮したり、オンボーディングのサポートが手厚くなったりします。逆に安価なプランでも長期間かけての相続プロセスによって、被相続人が実は死亡していなかった場合に勝手に相続が行われないよう担保しています。

どれも生前にユーザーが自由に使えること、勝手に相続を開始されてもユーザーが生きて入ればキャンセルできることを最重視していますが、細かい差別化ポイントは異なります。

UnchainedRiverは相続・マルチシグカストディ以外にも金融系のサービスをいくつも提供していて総合的なビットコイン・プライベートバンクのようなプラットフォームとなっています。例えばRiverはカストディ型のライトニングウォレットも提供しており、彼らの相続支援サービスの一番の差別化ポイントは「生前の機能性の高さ」で顧客を囲い込むことかと思われます。これらのサービスを提供する上で個人情報をたくさん必要としているため、それを相続にも活用できるわけです。(個人情報を渡したくない場合はむしろ短所ともいえます)

ではよりカストディに特化したサービスプロバイダーであるCasaやNunchukはどうでしょうか?細かい違いはありつつ(Casaは2-of-3、Nunchukは2-of-4など)基本的な動作はほぼ同じです。

Casaでは3つの鍵は(被相続人のホットウォレットの鍵、被相続人のコールドウォレットの鍵、Casaが保有する鍵)です。このうち、被相続人のホットウォレットの鍵は暗号化された状態でCasa側にバックアップされており、相続が確認されると(相続人はいつでも相続手続きを開始でき、6か月以内に被相続人によって否定されなければ手続きが進行する)相続人はこのバックアップを取得・復号し、Casaと共同でスイープトランザクション(被相続人のコインをすべて1つのアドレスに送るトランザクション)を作成・署名することができます。

なお、相続人はCasaのアカウントが必要で、被相続人により事前に相続人として指定されるため、誰がビットコインを相続する事実は必ず事前に確定し、相続人はそのことを知ることになります。また、もしこのアカウントを忘れてしまった場合は相続できない可能性があります。この仕組みのため法的に相続人の属性が制限される可能性もあります(未成年者不可、遺言執行人不可など)。

Nunchukもかなり近いですが、相続人にアカウントはいらず秘密情報を使う仕組みになっています。また、Casaと異なりオンチェーンのタイムロックも活用しており、被相続人はすべてのコインに相続できるまで1~2年のタイムロックを設定しています。このタイムロックが切れない限り、相続手続きは開始できません。手続き開始後は(被相続人が相続開始を否定できる)最大30日のバッファ期間ののち、相続人がMagic PhraseとBackup Passwordという2つの秘密情報を提供することでスイープトランザクションが作成できます。

Nunchukは秘密情報さえあれば相続手続きができるため、相続人がアカウントを忘れていてセルフGOXすることがなかったり、当初予定していたのと違う相続人に任せることができるというメリットがあります。これはつまり「ビットコインを相続するよ」と事前に伝える必要がないこと、遺言執行人への委託が可能なことも意味します。また、被相続人が生前にタイムロックを更新し続けている間は勝手に資産を相続されない安心感もあります。

ちなみにNunchukはCasaを競合として名指しした記事で自社のプロダクトの優位性をアピールしており、批判の一部は実装面のセキュリティ面での懸念にも及ぶため、非常に参考になります。

果たしてCasaやNunchukの秘密情報やアカウントに基づくシステムがシードフレーズを守るのと比べて簡単なのかは意見が分かれるかもしれませんが、シードフレーズと異なり一見何の情報かわからないため漏洩リスクは低めかもしれません。また、マルチシグを直接扱わせるよりは圧倒的にシンプルでしょう。

Lianaは以前にも紹介しているので今回は深くは取り上げませんが、Nunchukに似た仕組みで、単純にタイムロックが切れたら相続人のウォレットで送金できるようになります。生前にウォレットのDescriptorを共有しなければ生前の送金についてプライバシーも守られますが、Descriptorを相続人と共有する方法を用意しておかなければ相続人が資金を見つけられません。

Lianaはマルチシグに対するある程度の理解があったほうが確実に安全なので少しハードルが高いですが、一応開発元が有料の相続支援サービスも提供しており、こちらはNunchukなどと競合するとの理解でよいでしょう。

日本市場向けのプロダクトに求められるものとは?

さて、カストディアンへの信頼が根強い日本においてノンカストディアルなビットコイン相続支援サービスを考えてみましょう。求められる要素に日本ならではのものはあるのでしょうか?

まず何よりも本人確認に日本語が使えることが大前提となるでしょう。海外のサービスではビデオ通話で本人確認があるものが多いですが、これが英語限定だと日本のユーザーの多くは困難に感じるでしょう。サービス自体のローカライズは非常に重要といえます。

またユーザーエクスペリエンスの面でも、ビットコインへの関心自体が非常に低い日本では相続人があまり詳しくない、あるいは詳しくなろうとしないケースも多いでしょう。その場合にはLianaやNunchukのようなある程度の技術的理解が要求されるサービスよりはRiver、Unchained、Casaのようなより人間味があって(多少信用ベースだとしても)サポートが厚いほうがよいでしょう。その際に、日本の死亡証明書などの確認ができるとよいでしょう。

メルカリの調べによると、ビットコイン購入経験者の半数は50代以上だそうです。全体的に技術よりサポート寄りのプロダクトを作ることさえできて、かつセルフカストディの重要性を認識しているユーザーを見つけることができれば、ビットコインの相続支援サービスは日本でもそこそこ需要があるサービスなのではないかと思います。

ビットコインの購入経験者全体の世代割合は半分以上が50代以上(メルカリ調べ)