ライトニングノードやチャネルの維持には費用がかかります。現行のノンカストディアルウォレットはLSP型が主流ですが、エンドユーザーがLSPに支払う手数料は足りているのでしょうか。この夏の記事でも紹介したように、そんなことはないという事例が蓄積してきています。

LSPは儲からない?ノンカストディアル・ライトニングウォレットを支えるインフラからVoltageが撤退
皆さんが主に使われているライトニングウォレットはノンカストディ型のものでしょうか? ライトニングウォレットは大別するとカストディ型・ノンカストディ型に分けられますが、一般的にはカストディ型のもののほうが人気があります。ライトニングノードほどではなくとも、初めて使うときにチャネルの開設が必要であったり、ときどき起動して同期しないといけないなど、多少の不便やコストがあるためです。 とはいえ、ノンカストディ型のライトニングウォレットにも需要はあり、大きな金額を安心して使いたいユーザーが使っていたり、カストディ型のウォレット運営が規制面などで難しい地域で提供されていたりします。昔はスマホにがっつりライトニングノードを丸ごと載せてしまうアプローチも試されたりしましたが、今は「LSP」と呼ばれるサービスプロバイダーと二人三脚でライトニングノードとして機能する、軽量な「LSP型のライトニングウォレット」が主流となっています。 具体的にはPhoenix、Breez、Zeus、Blixt、Mutinyなど多くのウォレットがこの形態を採用しており、LSPという存在がノンカストディ型のライトニングウォ

最近でいえば他社にもサービスを提供しているLSPでは最大手と思われるBreezが10月にユーザーのBTC保管にLiquid Networkを使った「Breez SDK Nodeless Liquid Implementation」をリリースし話題になりました。従来だとBreez LSPがエンドユーザーにライトニングチャネルを割り当てていましたが、これを使えばライトニングの送受金はすべてアトミックスワップでLiquid Network上のL-BTCに変換され、ユーザーはオンチェーンウォレットのように秘密鍵を保管するだけで十分になります。ノードやチャネルの維持費はかかりません。

ランニングコストや資本配分の難しさと言ったエンドユーザー向けノンカストディアル型ライトニングの課題をサイドチェーンやアルトチェーン上のWrapped BTCなどで解決する試みは今後トレンドになる可能性があります。Liquid Networkをライトニングのライトユーザーが使えるノンカストディアルな送受金手段として見たとき、どれくらいのユーザー数にまでスケールできるかについて具体的な数字を試算し、他にも検討事項がないか考えてみました。

・決済金額が月1万円未満のライトユーザーがライトニングチャネルを保有するのは非合理的な場合が多く、長い目で見ると減っていくかもしれない

・Liquid Networkをエンドユーザーの受け皿にしてアトミックスワップを使ったノンカストディアル型ライトニングウォレットを作った場合のスケーラビリティ

・それ以外のUXの変化も含め、Liquid Networkはライトニングのラストワンマイルとしてどれくらい使えるのか?

決済金額が月1万円未満のライトユーザーがライトニングチャネルを保有するのは非合理的な場合が多く、長い目で見ると減っていくかもしれない

ライトニングチャネルの維持費を考えてみます。

例えばLSPのノード1つに対してライトニングチャネルが100個あると仮定し、またこのノードの維持費は月3000円(人件費は除く)とすると1チャネルあたり月30円がコストとしてかかります。

また、LSPが拠出する資金(エンドユーザーからみたら受取可能額)に対するリターンも必要になります。現在、アメリカのビットコインETFを購入し、裏付け資産と同じだけの先物をショートすると年間でドル建てで10~12%のリターンが得られます。(これはビットコインETF需要の大きな部分を占めていると私は見ています。)ビットコインの値動きは享受できないので厳密には異なりますが、BTCに要求される資本リターンも同じくらいだとすると、月間で受取可能額の1%ほどとなります。仮に最初に1ユーザーあたり2万円のチャネルを開設するなら、月200円の機会費用です。

これらとは別に、チャネルの開設時・閉鎖時にもコストが発生し、これは変動しますが仮に(比較的安い想定ではありますが)500円ずつで済むとすると合計1000円がチャネルのライフサイクル全体でかかります。ライフサイクルを12ヶ月と仮定すると月83円です。

したがって、チャネルと流動性の維持に毎月313円(チャネルサイズ・LSP側残高によって変動)というコストがかかるわけですが、LSPの収入となる中継手数料は大抵は片道0.5%ほどです。したがって、少なくとも月に累計6万円ほどの送受金をしなければLSPが年率12%のROEを達成することはできません。(目標を4%に下げてもおよそ3万円です。)つまり、これくらい使うユーザーでなければLSPの事業は成り立ちません。人件費すらまだ考慮に入れていない段階でこれです。

もちろん、ユーザーの利用金額の問題なので、ビットコイン決済が普及すれば全然成り立つモデルではあります。仮に平均でみんなが毎月10万円分のBTC決済をしていれば、ユーザーの視点では月にランニングコストが1000~1500円ほどかかってもおそらく許容される範囲内です。しかし、どんなパワーユーザーも最初はライトユーザーから始まるわけなので、ファーストコンタクトが「自分のチャネルを持つこと」という選択肢はコスト的に非現実的なことは明らかです。

もっとも、ファーストコンタクトはこれまでも大抵の場合はカストディ型のウォレットであったわけですが。

Liquid Networkをエンドユーザーの受け皿にしてアトミックスワップを使ったノンカストディアル型ライトニングウォレットを作った場合のスケーラビリティ

さて、Breez Liquid SDKを使うとライトニングの送金や受取はすべてLiquid Network上のトランザクションになるわけですが、これは果たしてどれくらいスケールするのでしょうか?手数料の面も気になります。

もしLiquid Networkに出るトランザクションが両方向ともノンカストディアルであるなら、どちらもHTLCを使ったサブマリンスワップと呼ばれるアトミックスワップになるでしょう。(通常はライトニング↔オンチェーンをトラストレスに交換するための技術ですが、今回はオンチェーン側がLiquid Sidechain上ということになります。)つまり、どちらもロック・クレームの2トランザクションが必要になります。

LN↔レイヤー1で取引を行うサブマリンスワップの特徴と可能性
ライトニングを使った送金には通常のもの以外に、受け取りを意図的に遅らせるHodl Invoiceやノードの公開鍵に送りつけるKeysend、金額を自由に書き込める0-value Invoicesなど、様々な工夫が施されたものがあります。その中でも私がポテンシャルが高いと感じるものの1つがサブマリンスワップです。バリバリ現役で使われているサブマリンスワップというライトニングとオンチェーンの間で取引する手法について、その特徴と活用方法について解説したいと思います。 サブマリンスワップとは アトミックスワップという用語を聞いたことがある方も多いと思います。アトミックスワップというのは、主に異なるブロックチェーン間で、第三者を介さずにトラストレスにコインを交換する仕組みで、片方が資金を受け取るともう片方も資金を受け取ることができるようなスマートコントラクトを記述することで実現できます。アトミックスワップを活用した分散型取引所(DEX)なども複数存在します。 サブマリンスワップは、レイヤー1とレイヤー2間で行うアトミックスワップのことで、これも必ずしも同じチェーンで行う必要はありません。例

サブマリンスワップについて書いた記事です

Liquid Networkのブロックサイズはビットコインと同じ4 MvB、ブロック間隔は1分です。しかし、トランザクションの形式が違うため、トランザクションのデータサイズは大きく異なります。例えばこのトランザクションはビットコインであれば140 vBほどの内容ですが、Liquidでは秘匿トランザクションに必要なデータによって2.53 kvBとおよそ18倍の大きさになっています。つまり、ビットコインだと1分間に400 kvB = 2850トランザクション処理できますが、Liquid Networkだと1分間に4 MvB = 1580トランザクションほどとなります。

仮にBreez Liquid SDKを使ったウォレットのユーザーがそれぞれ1日に1トランザクション行うとすると、1日のすべてのブロックを均等に埋めるまでに227.5万ユーザーほどが利用できます。しかし、実際は利用者の多い時間帯や日にちが存在し、そこがスケーラビリティの問題を引き起こすでしょう。具体的には、1分間に1580トランザクションという制限が(例えばゲーム大会などのイベントがあれば)わずか数百人から数千人のユーザーでも到達可能な数字だからです。

最低手数料自体はLiquid Federationが決められるのでほぼタダ同然ということも可能ですが(例えば上記のトランザクション全体で26 satsの手数料です)、ブロックが埋まってくるとビットコインと同じくユーザー間の手数料競争によってトランザクションの順番が決まります。また、26 satsの手数料はオンチェーンと比較すると破格ですが、ライトニングの手数料としてはそこそこの水準で、かつライトニングの手数料自体はこれとは別にかかってくることも忘れてはいけません

Liquid Networkをノンカストディアル・ライトニングのラストワンマイルとして利用するのは現時点ではアリなように見えますが、これを選択するウォレットが増えてくると早晩スケーラビリティの問題が再発してしまうでしょう。手数料の高騰や着金までの待ち時間の長さはやはり悪いユーザー体験につながります。

それ以外のUXの変化も含め、Liquid Networkはライトニングのラストワンマイルとしてどれくらい使えるのか?

上でほとんど言ってしまいましたが、Liquid Network自体のスケーラビリティの限界がわりと低いため、ライトニングのラストワンマイルをそこに依存させようというのは近視眼的な解決策という印象です。場合によっては数千人のユーザーですでにユーザー体験に悪影響が及ぶような技術はライトニング自体への失望も生んでしまいかねません。

もちろんLiquid Network側でスループットを増やすこともできるでしょう。しかし、仮に10倍にできたとしてもそれほど大きな数字ではありません。逆にLiquidノードを動かす負担は非常に大きなものとなり、あえてLiquid Networkを選択する理由を潰してしまいかねません。同じような発想でTronやPolygon、Solana上のフェデレーション型Wrapped BTCを利用するといった選択肢も考えられるわけですし、そちらのほうが単純にスループットは大きいですから。

個人的にはライトニングノードの共有など将来的に生まれる技術に期待したい部分もありますが、ライトユーザーの経済合理性の問題はかなり根本的なものなので、正直に言うと「より信頼できる、よりトラストが最小化されたカストディ型ウォレット」(例えば複数社が共同管理する、マルチシグ型ライトニングノードを使用したもの)あたりが現実的な落とし所なのかなと思っています。