ここのところBRC20関連の話題がずっと続いていますが、くだらないと思いつつも現在もビットコイン上の送金手数料の高騰を招いているので引き続き解説をする価値はあるのかなと感じています。

実は数ヶ月前からオープンソースの「BRC20キラー」が存在するのをご存知でしょうか?中国のSF作家リウ・ツーシン氏の作品中に登場する地球の技術革新を妨害するスーパーコンピューター兵器にちなんで"Sophon"と名付けられたこのスクリプトは「肉を切らせて骨を断つ」戦法でBRC20トークンの発行自体を妨害してしまうという面白い代物です。

今回はやや小ネタのような記事ですが、慌ただしい師走の息抜きになれば幸いです。

・Sophonはトークンの取得(ミント)ではなく「発行」自体を狙う

・Sophonに長期的な影響力はどれくらいあるのか?どのような費用対効果が期待できるのか?

Sophonはトークンの取得(ミント)ではなく「発行」自体を狙う

BRC20のおさらいを簡単に済ませると、Inscriptionsというテクニックを使って総発行量などを定めたJSONファイルをブロックチェーン上に記録することで「発行」したことにし、その後多くの場合は先着順で誰でもInscriptionsを使って自分宛てに一定数のトークンを「取得(ミント)」できます。実際にビットコイン上にスマートコントラクトなどが動作しているわけではなく、ユーザーが記録されたデータを自身で解釈するクライアントサイドバリデーションという方法を取っています。

BRC20の仕組みの中で一番ビットコインの送金手数料高騰を招く要因となっているのはこの先着順で「ミント」(新規取得)できる仕組みです。最大発行数量と1トランザクションあたりの発行量が設定されており、先着順で割り当てられることになっているため送金手数料が実質的に「入札」になっています。したがって、例えば取得したトークンを1000円で売れることが確実視されるなら1000円までなら手数料を払える、という理屈で送金手数料がつり上げられてしまうのです。

これらの特徴は過去記事で触れているので、振り返りたい方は下のリンクよりご覧ください。

ビットコインを襲うBRC20の猛威は如何に生まれるのか
今週、ビットコインのトランザクション手数料は600sats/vbyte以上という歴史的水準に達し、ブロックの手数料が新規発行分の6.25BTCを超えるなど2017年末を彷彿とさせるバブリーな状況がありました。本日は日本時間に40sats/vbyte程度まで落ち着きましたが、北米が目を覚ましてからは再び次のブロックにトランザクションが入る水準は200sats/vbyteを超える状態で推移しています。 今年に入ってからOrdinal Inscriptionsの誕生などでトランザクション手数料の相場がここ数年に比べて高い状態が続いていますが、今回の桁違いの高騰もOrdinal Inscriptionsに関連しています。Inscriptionsを多用するBRC20というカラードコインプロトコルのようなものの配布が原因だからです。今日はビットコインの手数料高騰を招くBRC20の仕組みと、それに対するビットコインコミュニティの反応、そして私の予想する今後の流れを書いて行きます。 BRC20は非常に非効率なプロトコル 現時点でリファレンス実装や厳密な仕様は存在しませんが、公式?とされるドキュ

ブロックチェーンに発行や取得、送金を記録する技術として使われているOrdinals Inscriptionsは3トランザクション使ってビットコイン上にデータを記し、便宜上特定の1サトシに紐づけたことにするという技術なので、ビットコインノードを持っている人はこれらのトランザクションをリアルタイムで閲覧することができます。そしてBRC20トークンにはこれらのInscriptionsに関してフロントランニングを防ぐような仕組みは全くありません。

BRC20のミントにはフロントランニング対策が存在しないことでMEVの脅威があるという指摘も、MEVについての記事で解説しています。

MEVはビットコインの脅威になりうるか?
この頃ビットコイン開発者の間ではドライブチェーンと呼ばれる技術の話題が(悪い意味で?)盛り上がっています。というのも、昔からドライブチェーン推しだった人たちが急に「ドライブチェーンを使えるようにするソフトフォークをしよう!」とSNSで積極的に主張しだしたためです。 これに対して技術的な中身をあまり把握せずに反論してボロが出てしまう開発者がいたり、支持者も反対者も不誠実なレトリックを応酬したりと泥沼化しています。ビットコインにおいて大きな変更を積極的に押し出していくのは反発を招きやすく、Jeremy Rubin氏のOP_CTVなども似たような議論が巻き起こり結局実現しませんでした。(その後、技術的には悪くないと評価されている印象があります。) ドライブチェーンという技術自体はまたの機会に説明するとして、多くの開発者が懸念点として挙げるのはMEV (Miner Extractable Value)の機会が誕生することでマイニングの競争原理に影響するのではないかという点です。MEVとはイーサリアム界隈ではDefiの流行が始まった数年前から聞くようになった単語ですが、ビットコインにも実は関

そこでSophonの登場です。Sophonはメモリプールのトランザクションを監視し、新たなBRC20トークンを発行するInscriptionが現れるのを待ちます。そのようなInscriptionが現れると、Sophonは自腹で「同じティッカーシンボルで、総発行量が1」のInscriptionを作成し、より高い手数料で配信します。

BRC20には同じティッカーシンボルのトークン発行が許されておらず、早い者勝ちというルールなので、Sophonの手数料が高いトランザクションが先に取り込まれると本来のトークン発行イベントは無効になってしまいます。これによって大量のトランザクションにつながるトークン発行・取得祭りを先回りして封じることができるわけです。

OrdというOrdinals Inscriptionsを扱うためのソフトウェアにSophonのコードを追加したものがこちらになります↓

Comparing ordinals:master...rot13maxi:sophon/brc20 · ordinals/ord
👁‍🗨 Rare and exotic sats. Contribute to ordinals/ord development by creating an account on GitHub.

Sophonに長期的な影響力はどれくらいあるのか?どのような費用対効果が期待できるのか?

Sophonがまだクローズドソースで実行されていた頃、300弱のBRC20トークンの発行を妨害したそうです。

仮に典型的なBRC20トークン発行が5000トランザクションを発生させるとしましょう。Sophonはわずか2トランザクションでこれをすべて防ぐことができます。1トランザクション約333バイトと仮定すると約1.67MB、つまり1ブロック分のトランザクションを防止できるわけです。しかも高い手数料を支払う可能性が高かったトランザクションなので、それほど高い送金手数料を払えないユーザーは非常に助かります。

しかし、仮に誰かが自腹でSophonを常時実行するようになったとしても、長期的に持続可能な効果は得られないでしょう。なぜならマイナーはSophon対策を行う強いインセンティブがあるためです。BRC20ブームはマイナーに多大な収益をもたらしており、トークンの取得競争によって送金手数料が高騰する現象はむしろ可能であれば引き起こしたい性質のものです。そして、SophonがBRC20トークン発行のInscriptionを見分けられるように、マイナーもまたSophonによる妨害トランザクションを見分けることができてしまいます。

したがって仮にSophonがBRC20ブームを危機に追いやってしまうと判断したら、マイニングプールはSophonが作る妨害トランザクションを承認しないように工夫し、マイナーもこのようなプールを選択して収益の最大化を図るでしょう。

このロジックだとマイニングプール寡占化問題を悪化させてしまう可能性すらありますね。(開発リソースが潤沢な大手プールの収益性が最初に高まるため)

残念ながら(?)今回の相場のサイクルが終焉するまではBRC20起因のトランザクション手数料高騰に悩まされることになりそうだと見ています。そろそろ1000sat/vbyteという手数料率の大台も見えてくるのではないでしょうか。