数日前Ethereumの老舗プロジェクトの一つDigixDAOが投票により解体されることが決定した、というニュースがありました。

DigixDAO Votes to Liquidate $64M Treasury
With only 52 votes, the DigixDAO treasury will dissolve, returning DGD holders their staked $ETH.

Digixは端的に言えばゴールドをイーサリアム上でトークン化し(DGXトークン)、そのトークンを利用したアプリケーションプラットフォームの構築を目指すプロジェクトでした。

少しややこしいのですが、ゴールドトークンとは別にガバナンス/投票用の「DGDトークン」というものが存在します。今回のDGDトークンによる投票で決まったのは、開発やコミュニティ活動の為に用意されていたICOで集めた資金の残り分をDGD所有者に返却し、DigixDAOは解体する、ということです。なので、正式にはゴールドをトークン化するDGXトークンはまだ存在し、引き続き開発継続していくようですが、開発資金源とコミュニティの支持もなくなりDigixのプロジェクトはこれで事実上の終了、という認識を自分はしています。

さて、今回のニュース、「DAO」と喧伝されていたDigixDAOが上手く期待に沿えず、最終的に投票により解体、という展開はDAO系のプロジェクトとしては初めてのことだと思います。今回のDigixの件以外にも、他のDAOと名がつく最近のプロジェクトは共通の問題や矛盾を抱えていることが多いと思うので、DAO系プロジェクトについて少し考えてみましょう。

そもそもDAOとは?

DAOはDecentralized Autonomous Organizationの略で、日本語だと「自律分散組織」などと呼ばれることもあります。言葉の定義もまだ明確ではなく、プロジェクトごとに微妙に定義が揺れている気がしますが、大意としては、

  1. 中央にネットワークを管理する権威、組織、個人がいない
  2. 各参加者がそれぞれのインセンティブに基づき行動することで、組織として特定の目的が自律的に達成されていく
  3. 1と2により、止めることや検閲することが難しく、動き続ける

上記のような大まかなコンセプトや理想としてここでは定義しておきます。

THE DAO事件で露呈したこと

さて、DAOというコンセプトで最も有名な事例が2016年のThe DAO事件でしょう。これに関してビットコイン研究所の方でも当時からかなり細かく考察、質問回答、フォローアップした記憶がありますが、自分が当時書いた以下のレポートなども見てみてください(一部情報が古いと思いますが当時の空気感がわかると思います)

035 The DAO事件の衝撃とEthereumの未来
035 The DAO事件の衝撃とEthereumの未来 お待たせしました。事件からちょうど1週間ほどが経っていますが、The DAO事件の概要と露呈されたEthereumの課題や今後の展望について自分の考えをまとめました。 実は事件前の時点では、The DAOの投票の仕組みのインセンティブ設計の問題点、攻撃ベクターなどについて解説し、長期的に考えてなぜ自分がThe DAOが上手く機能しない可能性が高いか、という記事を書こうと思っていたのですが、自分でも予期せない形で思ったよりずっと早くThe DAOは崩壊してしまいました。同時に自分も含め業界関係者に大きな衝撃を与え、多くの問題提…

今から振り返ると、The DAOの事件で教訓とされたこととして、

  1. 安全なコントラクトを書くのは難しい。多額の資金をコントラクトに置くのはリスクが高い。(⇒コード監査の徹底の必要性
  2. 誰も完全にコントロールできないスマートコントラクトを作ると、ハックや万一の事故があった時に対応することが出来ない(⇒結局Ethereumはこの事件に「対応」する為にメインチェーン上の記録に介入することになる)
  3. そもそもハック事件以前にThe DAOの投票スキームは機能しておらず、低い投票率、投票による意思決定は中々難しい

上記などだったと思います。

最近のDAOプロジェクトは全くDAOと呼ぶのにふさわしくない

さて、The DAOの事件でそれからしばらくDAO系のプロジェクトには全体的に冷ややかな視線が増えた空気感もありましたが、18年~19年くらいにかけてDAOを名乗るプロジェクトが増えていった気がします。MakerDAO, KyberDAO、他にもいくつか比較的著名なプロジェクトがあります。

自分の見立てでは多くのそれらのプロジェクトの共通点として、

  1. ガバナンス/投票用のトークン以外に、開発担当の株式会社や財団、初期投資家/VCなどの大きな影響を持つ組織が存在する
  2. 非常時用の「フリーズ機能」のようなものを準備している

    The DAO事件のようにハックなどがあった時にダメージを最小化するため
  3. 投票率を上げるための様々なスキームや工夫(投票者への還元、コミュニケーションの強化、等等)

上記のようなアプローチはメリットもありますが、自分は元々のDAOという概念からむしろ離れて行っていると考えています。

まず第一に、DAOの定義で「特定管理者がいない」「止められない」という性質を述べましたが、実際には最近の「DAO」プロジェクトには開発会社のCEOが存在して大きな権限を持っていたり、そもそもフリーズ機能やキルスイッチがあった場合、止められない、という性質もなく、検閲の対象になりえます。

また、もう一つの問題として新しいタイプのDAOプロジェクトを管理する投票トークンを総称して「ガバナンストークン」とか言うことがありますが、このガバナンストークンの保有の偏りがひどく、実質的に1~3人くらいの人間が全てを決定できることも多いです。Decentralizedなはずなのに全く分散化されていないということですね。(ここら辺は先日解説したEOSやDPoS系のトークンにも似たようなことを指摘出来ます)

例えば、最も有名なDAOを称するプロジェクトがStablecoinのDAIを発行するMakerDAOですが、検閲可能性や外部からの攻撃耐性不足を先日ちょうど指摘されていました。

Developer Flags Big-Money Loophole for Stealing All the ETH in MakerDAO
An ethereum developer has flagged an attack on MakerDAO that could turn $20 million of MKR into $300 million of ETH.

MakerDAOの設計的に40,000MKRトークン以上(およそ20~25億円相当)を保有するエンティティであれば、Dai発行の為にデポジットされている500億円相当の価値のEtherやトークンを一瞬で没収することが出来る攻撃手法が説明されています。

これは外部からの攻撃者が大量のMKRトークンを市場で購入して攻撃、というパターンもありえますが、自分は内部犯行の可能性の方がむしろ大きな問題だと思っています。

具体的に言えば、MakerDAOの財団だけでなく、主要投資家であるa16zというVCがその気になれば、単独でDAOに溜まっている全ての資産を清算して資金を奪ったり、市場に流通しているDAIステーブルコインを一瞬で無効化することが出来るわけです。

ただし、財団も大口の投資家もそんなことをするインセンティブはない、という反論もあるとは思います。確かにそんなことをしても自分自身の評判や投資を棄損するだけなので、実際には彼らが自発的に上記のような攻撃を行うとは考えづらいですが、例えば外部ハッカーがa16zのMKRトークンを全て盗んだり、もしくはDAIがマネロンに使われているから、などの理由で政府や規制当局からの差し押さえ要請などがあった場合、DAOであるはずのMakerDAOというのはあっけなく崩壊してしまうリスクがあるということが問題と言えます。

DAOじゃないと何か問題はあるのか?

ここまで説明した上で、「DAOなんてまだ実験なんだし、トークン設計も改善しているし、多めに見たらいいんじゃないの」という見方もあると思います。確かに自分もDAOの実験は大いに賛成ですし、失敗を前提でそういう試みは大いにやればいいと思います。

問題なのは、この「DAO」という言葉をつけることで、ガバナンストークンの価値の正当化をしようとしたり、もしくは責任の所在をあいまいにしようとしている節のあるプロジェクトが多いことです。実際には複数人で管理するビットコインのマルチシグコントラクトと事実上の構造や実効性は大して変わらないのですが、なぜかDAOとかスマートコントラクトと言うと過度に期待されたり、分散性の不足などが目をつぶられることがまだ多いです。

Digixの場合も「DAOが解体された」というと、みんなで頑張ったけど仕方ないからみんなで合意してプロジェクトを閉鎖された、と好意的に捉えられることも出来ますが、実際にはDigixの開発会社がICOで多額のお金を集め、結局大した結果も出せずに資金をどんどん消費していくだけなので、投資家のDGDホルダーが見切りをつけて損切の為にDAOを解体した、という方がおそらく現実に近いです。

つまり、DAOと言いつつも実質はただのスタートアップの失敗に近く、結局DAOという建前で特に結果にコミットをする責任のない開発会社の人間などが得をして、全体のインセンティブ設計が上手く行ってなかっただけというわけです。


もう一つこれらの「なんちゃってDAOプロジェクト」が起こしうる問題として、一つのDAOプロジェクトの失敗がその他のサービスやネットワーク全体に波及する可能性があることです。

例えば、DAIのステーブルコインはEthereumのDefiエコシステムの中で非常に重要な役割を担っており、外部サービスがDaiを組みこんだLendingサービスを提供したり、Daiを担保としてStakingしたり、などのスキームが発展していっています。このDefiアプリ同士の連携というのはDefiの面白いところでもありますが、同時にDAIが失敗すると他のプロジェクトもドミノのように倒れていくリスクも発生するということです。

そして前述の通り一定数以上のMKRトークンを保有する財団やa16zなどの投資家がその気になれば、DAIを全て一瞬で清算することが出来る状況はDefiエコシステム全体にとって健全とは言えないでしょう。「なんちゃってDAO」にDefiエコシステムが依存してしまっているという矛盾とも言えます。



結論
  1. 現状のDAOと名前がつくものはトークン分配の偏りなどの要因で、実際には数人程度が管理されており、分散化されていないものがほとんど
  2. Digixの明確に閉鎖というパターンは初めてだが、事実上すでにほとんど「終わっている」「形骸化している」DAOプロジェクトも多いだろう
  3. なんちゃってDAOプロジェクトの問題は、無用なトークンの正当化につながったり、法的責任を回避(ユーザーや保有者にとってのリスク転嫁)することにつながる
  4. またDAIトークンのように他のプロジェクトと密接につながっているプロジェクトの場合、一つのDAOの失敗や集権化が他のプロジェクトの破綻やエコシステム自体への影響を与えかねない