Worldcoinは軽い気持ちで信用してはいけない
ChatGPTに端を発するAIブームで一躍有名となったSam Altman氏が関わる仮想通貨プロジェクトのWorldcoinが7月24日のバイナンス上場もあって話題となっています。特に金属製の球体型デバイス「Orb」による虹彩認証を引き換えに一定数のWorldcoinを受け取れるというギミックは知名度が高いのではないでしょうか。
This queue for WorldShitCoin demonstrates how much work we have to do to educate people on money, privacy, censorship and why shitcoins go to zero… pic.twitter.com/hZ2l5lzrkW
— Peter McCormack🏴☠️ (@PeterMcCormack) July 26, 2023
これまでも日本で虹彩スキャンによる認証と引き換えにWorldcoinをもらう機会はあったようですが、今週日本で開催されたWebXカンファレンスをはじめ、今後は日本各地で予約制の認証会が開催されるようです。
今日はこのように話題となっているWorldcoinおよびWorldIDについてその仕組みとともに、宣伝における不誠実な部分やリスクを考えてみます。
・WorldIDとProof of Personhoodは「ウォレットの持ち主は人間である」ことを証明するために存在する。Worldcoinは普及を促進するために配布される草コイン
・Orbによる生体認証で「一人間一ID」を頑張って実現するが、第三者からするとWorldcoinやOrbメーカーが故意または過失で不正な証明書を発行していないことをトラストする必要がある
・社会的信用のある有名人のプロジェクトということもあり、給付金目的でユーザーは伸び続ける可能性が少なくないが、トークン自体に本質的に需要はない
WorldIDとProof of Personhood
Worldcoinは「Proof of Personhood」というコンセプトを推し進めるWorldIDというプロジェクトの一環として、WorldIDの普及を推し進めるために虹彩認証を登録したユーザーに配布される仮想通貨です。そのProof of Personhoodとは同一人物が複数のアカウントを利用するシビル攻撃や、人間のフリをしたAIによるサービス悪用などを防ぐための概念と説明されています。
具体的には、誰でも作れるWorldIDウォレットにProof of Personhoodを紐付けることでそのユーザーは生身の人間であるということを保証できるようにする、ということです。また、同一の人間が複数のウォレットに虹彩を紐付けられないことで1人間=1認証済みIDという関係を成立させたいようです。
例えばアルトコイン投機の1ジャンルにエアドロップという特定の条件を満たすと配布される仮想通貨を狙う、「給付金狙い」とも呼べるものがあります。1人のユーザーが多数のアカウントを作成して大量のエアドロップを受け取ろうとするインセンティブがあり、プロジェクト運営側はこれを防ぎたい場合があります。対象集団がProof of Personhood認証した人間だけになるという欠点を除けばこのようなユースケースには合致するでしょう。(実際は無対策なもののほうが盛り上がっている傾向を感じますが…)
WorldIDにはProof of Personhood以外にも証明書を紐付けられるようにしたいらしく、例えば現時点では虹彩認証より1段階信頼度が劣る認証手段として電話番号認証による「ゆるいProof of Personhood」ができます。
WorldcoinはWorldIDを普及させるための手段
さて、現状で何のユースケースもないWorldIDはまず多数の人間に取得してもらえなければ全く採用される見込みがありません。なぜなら認証手段を求める企業などもあえてユーザー数が非常に少ない手段を選ぶ合理性がないためです。
そこでWorldcoin (WLD)が生まれました。WorldIDを取得してOrbで虹彩認証を取得したユーザーには25 WLD (上場したばかりで信頼性が低い数字ですが時価7,000円ほど)をイーサリアム上で配布する、というバラマキ作戦です。また、実際に現地でOrbを使って認証を行うオペレーターと呼ばれるユーザーには認証した人数に応じた成功報酬が支払われる模様です。WLDでの支払いは運営企業(Worldcoin Foundation / World Assets)からすると原価ゼロなのがミソです。
ちなみに後述するMIT Technology Report紙によるルポルタージュでは、「25ドル分のWLD」(※当時は流通せず価格不明なのになぜか1WLD=$1のように表現された)または20ドル分のビットコインという選択肢が与えられ、多くのユーザーは後者を選んだという記述があったので完全にゼロコストで収集できたわけではないようです。
UBIを実現するためのツールとして紹介されることもありますが、身分証明書つきウォレットのようなWorldIDとProof of Personhoodはともかく、その目的に仮想通貨Worldcoinは直接関係ないと考えられます。またUBI自体も多数の課題や議論があり、Worldcoinさえあれば実現できる!という単純な制度でもありません。
問題は不誠実な宣伝やフルトラストな仕組み
さて、ここまで読んだところで独自通貨の発行以外で特別嫌悪感を抱かないのは普通かもしれません。なぜなら先走って登録しているユーザーたちも自己の判断で行っており、Worldcoin側もそれほど大きな嘘を言っていなさそうなためです。
ところが、Worldcoinは不誠実な宣伝を行っている場面が多々あるように見受けられます。以下にそのいくつかと反論を提示します:
紹介報酬による虹彩認証とその結果生まれるモラルハザード
Orbオペレーターは認証した人数に応じて紹介報酬がもらえるため、 できるだけ多くの人を認証するインセンティブがあります。(Orbを持った人に勧誘されたときは相手にとってこれは仕事であることを覚えておきましょう。)
この制度はMIT Technology Report紙が取り上げたようにパンデミックにより家計が疲弊したインドネシアやケニア、スーダンなどの途上国で猛威をふるいました。これらの国では$20-25の報酬の価値は相対的に大きく、現場ではリテラシーの低いユーザーの無関心とオペレーターの意欲をいいことに公式発表より多くの生体データが取得されていたり、十分な説明がなされていなかったそうです。
またWLDで報酬を受け取ることを選んだユーザーは現金化するために中国などの投機家にアカウントを売却した者もいたようですが、それが可能という時点でそもそものWorldIDの使い道が成立していないように感じます。
ハードウェアの検証不可能性
Orbによる生体認証の目的はアカウントの持ち主が人間であることの証明ですが、この証明に利用する生体情報がどう扱われるかはユーザーには検証できません。なぜならばOrbはユーザー自身が作成したハードウェアではないからです。
公式には生体情報はOrb内から出ることはないとされていますが、そもそも虹彩認証に用いる機械学習アルゴリズムの教育に用いるデータであるため「削除する」というのは将来的な話であり、現在取得されているデータには当てはまらない可能性があります。このあたりのデータの取扱に関するポリシーは曖昧な言葉ではぐらかされている、とMIT Technology Report紙は指摘しています。
生体情報は原則的に変えることができないため、流出は回避したいところです。Orbは虹彩だけでなく顔写真なども撮っています。流出すればあるウォレットが「人間であること」ではなく「特定の人間であること」を検証するのに十分なデータです。
また、ソフトウェアはオープンソースだから検証できるという主張がなされる場合がありますが、ハードウェア上で実行されているソフトウェアが同一のものか、ハードウェアにバックドアが仕込まれていないかなどの検証はやはり不可能です。ひょっとするとWorldcoin側から(眼球がない人などへの)個別対応用に仕込まれる可能性もあります。(この場合は実在しない人物に虹彩認証すると儲かってしまうオペレーターに委託するのはリスクが高すぎます)
将来的にOrbの製造を外部業者に委託するという話も含め、Worldcoinではハードウェアのバックドアに関する視点が欠落しているように感じます。仮にシビル耐性を得るProof of Personhoodに価値があるとしたらそこにバックドアを仕込む価値もあると考えなければならないでしょう。
ビットコイナーは特にハードウェアにうるさい人たちなのでこういう視点の人が多いですが、多くの人はここが盲点なようです。
Orb/Worldcoin運営側がトラストアンカーとなっているだけ
このように、Orbを使って証明書を発行するという仕組みは事実上Orb/Worldcoinがトラストアンカーであるということに過ぎません。なぜなら第三者が虹彩認証を行ったユーザーにアクセスを制限する際にそれを証明しているのはユーザーの虹彩ではなく、ユーザーの虹彩を確認したとするWorldcoinの証明書だからです。
言い換えればOrb/Worldcoinを騙せさえすれば無限に偽のユーザーを作ることができてしまうため、Orbを騙せる方法が開発されればやはり低コストでシビル攻撃が可能になるかもしれません。Worldcoin側もこれは認識しているようで、けっこうこだわりのハードウェアみたいではあります。(しかし、不正によって大きな金額が得られそうなら不正は試みられると想定すべきでしょう)
「ビットコインよりフェア」とする宣材動画も反発を呼ぶ
This one is pretty bad too pic.twitter.com/RUurA2Qt2m
— ZachXBT (@zachxbt) October 24, 2021
Orbオペレーター向けの説明動画内でWorldcoinについて「少数の金持ちが牛耳るビットコインよりフェアで日常利用に向く」と説明しています。最近ではビットコインとの比較は控えているような印象も受けますが。
実際にはWorldcoinは総発行量の25%をプレマインし、著名VCが合わせて1億ドル以上を出資しています。ガバナンスの概念もあり、非常に中央集権的と言わざるを得ません。
Sam Altman氏のAI関連の立ち回りも懸念の理由
OpenAIはSam Altman氏がElon Musk氏と共に立ち上げた企業ですが、Musk氏が離脱した後にOpenAIは営利部門を新設し、だんだんOpenとは真逆の方向に舵を切っていきます。今年5月には米国上院にてSam Altman氏が直々にAI規制を嘆願しました。(金銭面以外の)参入障壁が低いとされるAI分野において後発の競合に対して参入障壁を高めることが目的と見られています。
このようにOpennessやFairnessに対する信念がないと見られる氏が推進するプロジェクトである以上、UBI (ユニバーサル・ベーシック・インカム)などをユースケースと想定するなど公共性を前面に打ち出しているものの実際の目的は囲い込みや生体データの取得自体なのではないかと邪推できてしまいます。
ただ、彼自身もWorldcoin自体の持続性については少し懐疑的なのか「短期的にはWorldcoinが未来だと思うユーザーが購入することで配布されたユーザーは報酬を実現することができる」とめちゃくちゃドライなことを言っています。それはSBFがDefiについて説明するときに表現したポンジノミクスそのものだと思いますが…。(ちなみにWorldcoinはリーガルリスクを恐れてか米国・カナダでは営業していません)
“The hope is that as people want to buy this token, because they believe this is the future, there will be inflows into this economy. New token-buyers is how it gets paid for, effectively.” – Sam Altman
今後の展開の予想
さて、Worldcoinの今後についてですが、私は意外とアルトコインとしては中期的に存続するのではないかと思います。なぜならアルトコインに関しては有名人が関わったり、国家戦略や企業での試験導入のようなものがなぜか価格に大きく影響するためです。(リップルを参照)
ただし、実際のユーザーは給付金としてもらえるWLDが目的であり、それ以外の理由で実際に使われるかはまだわかりません。WLD自体に需要がなければユーザーの伸びとともに売り圧力が発生すると思われます。どう考えても割のいいギャンブルではないでしょう。(ちなみに仮想通貨界隈で給付金目的の人はシビル攻撃をしたい側なので、Worldcoinを使ったエアドロップは逆に盛り上がらないという結末もありえそうです。)
Proof of Personhoodには一定の価値があるかもしれません。しかしながらプライバシー面での欠点やマンパワーが必ずつきものなので、Proof of Workで代替するのはシンプルかつ意外と低コストの可能性があります。そもそも給付金やエアドロップ、UBIという「ノーリスク・ハイリターン」なバラマキがProof of Personhoodが解決しようとする問題の根源ですし、これらの施策自体の有効性にも疑問を感じますが。
ちなみにWorldcoinが失敗しても、それまでに十分な生体データを集めてWorldcoinが生体データを扱うAI分野で成功を収めることはありえそうです。その場合、草コインとしての価値はゼロでしょうが認証プラットフォームとして存続できるかもしれません。契約先次第ではさらにディストピアな世界ですが…
というわけで、今話題のWorldcoinについてでした。個人的にはOrbで認証することもWLDを買うことも正気の沙汰ではないと感じますが、Sam Altmanという有名人が関わっているということだけで2年以上批判されている草コインでも市民権を得られるという権威主義に一番がっかりしてしまいます。
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