アメリカ覇権の屋台骨、原油本位制ペトロダラーのほころび ①
ビットコインの究極の目的は、2021/06/04付けコラム「ビットコインは貨幣になれる? ①」にも書いたように、国家と貨幣の分離です。特定国に依存しない健全な貨幣、金が19世紀後半に平和と繁栄の時代を築いたように、ビットコインがユニバーサル貨幣となることで、政府が介入できない自由市場経済に回帰し、平和と繁栄を取り戻すという野望をビットコイナーは持っています。実現には、ビットコインが米ドルから国際準備通貨の座を奪う必要がありますが、決して非現実的なミッションではありません。チャート(出典: sgmoneymatters.com)が示すように、これまでも国際準備通貨は時代の変化に応じて約100年単位で代替されてきたわけですから。

今週、来週と2回に渡り、米ドルを国際準備通貨たらしめる仕組みと、その仕組みの存続を揺るがす要因を考察します。倒すべき相手を知ることで、ビットコインが果たして究極の目標を達成できるのかを考える一助になれば幸いです。
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現代貨幣史のおさらい
現在の法定通貨制度の起源は1944年のブレトン・ウッズ会議です。各国中央銀行が保有する金準備をアメリカに集めて一元管理し、米ドルにのみ金兌換を認め、他国は米ドルを準備金として保有することで、間接的に通貨の金兌換を保証するブレトン・ウッズ体制が生まれました。いわゆる、金ドル本位制で、実質的にアメリカFRBが世界の中央銀行となりました。図は金本位制と金ドル本位制の比較です(出典: Nik Bhatia著, Layered Money)。

新体制は各国が財政規律維持に努めた最初の数年は機能しましたが、次第に通貨膨張が蔓延し、体制に歪みが生じます。1963年のケネディ大統領暗殺後、ベトナム戦争の泥沼化などでアメリカの財政赤字が膨らむと、米ドルの金兌換性に対する疑念から、金準備返還を求める国が相次ぎます。金準備が残り少なくなり、追い詰められたアメリカは、1971年8月15日、突如ドルと金の兌換停止を発表します。いわゆる、ニクソンショックで、アメリカはドルを金に交換するという他国との約束を破り、デフォルトを起こしました。
世界で通用する全ての通貨が何の裏付けもない紙切れという人類史上初の事態は、こうして始まりました。
ペトロダラーシステム
1973年に第四次中東戦争が勃発すると、OPECアラブ諸国がアメリカを含むイスラエル支援国に対して石油の輸出を禁止します。結果、原油価格が暴騰し、世界経済はオイルショックと呼ばれる大混乱に陥ります。経済の血液である原油の価格決定権を完全掌握したOPECは、相次ぐ値上げで手にした巨利を金融市場に投じ、世界経済における影響力を急速に高めました。
パワーシフトと新たな地政学リスクを実感したアメリカは、1974年にOPEC主導国で世界最大の産油国サウジアラビアと、ある合意に達します。アメリカがサウジアラビアとOPEC諸国に軍事支援を提供する見返りに、OPECの原油販売決済をドルが独占するというものです。この合意により、ペトロダラーシステムが誕生しました。
イスラエルと対立を続けるOPECアラブ諸国は、原油販売で得たドルでアメリカから大量の武器、兵器を購入するとともに、それでも使いきれないドルでアメリカの国債、株式、不動産などを買います。つまり、OPECが原油販売で得た利益の大半が、軍需産業や投資を介してアメリカに還流する仕組みです。
アメリカ以外の国が原油を購入する場合も、支払いはドルで要求されるため、日本を含む非産油国は自国通貨を売ってドルを買ったり、輸出品の代金をドルで受け取るなどしてドルを調達する必要があります。前述の通り、ドルは既に金の裏付けのない紙切れです。にも関わらず、原油を買うために、非産油国は紙切れ同然のドルを準備金として保有せざるを得ません。こうしてアメリカは、ニクソンショックで自ら終わらせた金ドル本位制と同じ特権的地位とシニョリッジという巨大権益を守ることに成功しました。
アメリカはペトロダラーシステムを機能させるために、比類なき軍事力でOPEC諸国だけでなく、世界の海上輸送路を守り、必要に応じて軍事行動を取ることで地政学的パワーバランスの維持に努めます。
さらにアメリカは、他国に対する貿易赤字を膨らませることで、世界経済に十分なドルを供給し続けなければなりません。チャートはアメリカの貿易赤字がペトロダラーシステム開始以降、急増したことを示します(出典: Trading Economics)。ただ、世界に供給したドルの多くは、最終的に他国の中銀が準備金として米国債を買うことでアメリカに還流します。アメリカは世界各国から欲しいものを好きなだけ買い集めて債務を増やし、その返済を他国に押し付けることができるのです。他国には真似できない特権です。

金兌換性を失った紙切れを経済生産に不可欠な原油とリンクすることで、人工的に需要を維持し、他国が保有せざるを得ない状況を作り出したという意味で、ペトロダラーとは非常に創造的かつ有効なシステムだと言えます。
しかし、ペトロダラーシステムには当然ながら問題があります。その一つがドル需要を人工的に創出することで、市場メカニズムが働かなくなることです。通貨の価格である為替レートや、お金を借りる価格である債券の利率は、一般的な財と同様、市場の需給を均衡させるべく変動します。
通常、貿易赤字が膨らみ経常収支が悪化すると、通貨の信用が下がり通貨が売られます。通貨安は輸出品の競争力を高める一方で輸入品の価格を上げるため、輸出増、輸入減で貿易収支、ひいては経常収支を改善します。すると通貨の信用が回復し、通貨は買い戻され、元の水準に戻ります。アメリカでは、この市場メカニズムが機能しません。貿易赤字が膨らんでも、ドルには一定の需要があるので通貨安にはなりません。その結果、輸出産業が国際競争力を失い、製造業が国外に流失しました。自動車、鉄鋼、石炭が主産業だったラストベルトで雇用が失われ、治安が悪化します。ついには、この地域の労働者階級の不満がトランプ政権誕生の原動力になります。トランプによるアメリカの分断という国家危機の根底にはペトロダラーシステムがあったのです。
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今週は以上です。来週はペトロダラーシステムの陰り、新基軸通貨をめぐる各国の思惑などを考察します。
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