本コラムではステーブルコインの台頭を受け、海外でにわかに注目が高まっているフリーバンキングについて考察します。

***************

各国でステーブルコインの規制の在り方をめぐる議論が始まっています。日本でも金融庁が円に連動したステーブルコインを発行できるのは銀行と資金移動業者に限定する方針を打ち出したことを12月7日に日経新聞が報じました。

アメリカでも先月バイデン政権の金融市場作業部会がステーブルコイン規制に関するレポートを公開しています。レポートは1)個別のステーブルコイン発行管理体が抱えるリスク、2)1のリスクが顕在化してステーブルコイン決済システム全般が不安定化するリスク、3)ステーブルコイン発行管理体が莫大なシニョリッジを介して経済支配力を掌握するリスクを挙げ、これらを回避するために広範な法整備を早急に行うことで財務省、SEC、OCCなど金融規制当局が組織横断的に合意したことを伝えています。

こうしたステーブルコインに関する議論で「フリーバンキング」、特にアメリカのフリーバンキング時代に言及する人が増えています。

この現象をThe Economistは12月4日発売の最新号で「ステーブルコインの盛り上がりで『フリーバンキング』をめぐる議論再燃」というタイトルの記事で紹介しています。

https://www.economist.com/.../the-explosion-in...

フリーバンキングとは

歴史上には、民間銀行が自由に通貨(銀行券)を発行できる時代がありました。国家は銀行を規制することも銀行経営に介入することもありませんでした。銀行券は銀行の金準備などで100%または部分的に裏付けされ、その発行量の調整は市場原理に委ねられていました。このようなフリーバンキング時代に中央銀行は存在しません。つまり、政府発行紙幣も、金融政策も、「最後の貸し手」も存在しないのです。

今となっては想像することすら困難ですが、60カ国以上でフリーバンキング時代がありました。最初は10世紀後半の中国です。最盛期の19世紀から20世紀初頭には欧米を中心に広く見られましたが、20世紀半ばまでに中央銀行制度に完全に取って代わられました。

18〜19世紀にはAdam Smithをはじめフリーバンキングを支持する経済学者が多数いましたが、19世紀半ば以降はほぼ皆無でした。

そんな経済学界の潮目を変えたのは、私のコラムに何度か登場しているオーストリア学派経済学者で唯一のノーベル賞受賞学者Friedrich Hayekです。1976年出版の「貨幣発行自由化論」で、国家による通貨発行権の独占に疑問を投げかけ、貨幣市場における銀行を含む民間企業の自由競争を認めるべきだと説きました。これを機に貨幣自由化とフリーバンキングが再議論されるようになり、関連論文も増えました。

ステーブルコインとフリーバンキング

では、なぜ今ステーブルコイン規制を訴える当局者がフリーバンキングに言及するのでしょうか?

アメリカには南北戦争前の1837〜1864年にかけてフリーバンキング時代がありました。しかし、これは厳密にはフリーバンキング時代とは言えません。現在のFRBのような中央銀行は存在しませんでしたが、銀行は州政府の管理下に置かれ、州法が定める要件を満たして認可を受ける必要がありました。

銀行が支店を構えることは許されず、また準備金として金の他に州政府が発行する債券など特定資産の保有が義務付けられていました。銀行は支店を持てないことにより、本店から遠く離れた別の州で銀行券が額面より割り引かれて取引されたり、地方債などの値下がりで準備金が目減りして経営が傾くなどの不利益を被りました。銀行の破綻は珍しくなく、金融市場は不安定でした。

各国中央銀行は、現在のステーブルコインの状況をアメリカのフリーバンキング時代になぞらえ、規制強化の必要性を訴えます。

FRB理事のBrainard氏は、フリーバンキング時代の通貨の自由競争は不正を横行させ金融市場を非効率かつ不安定にさせたと述べ、連邦政府が裏付ける通貨の重要性を強調してステーブルコンに対する厳格な規制とCBDCの発行検討を提言しました。

Elizabeth Warren上院議員も先月の公聴会でステーブルコインを「19世紀の山猫紙幣(フリーバンキング時代の不健全な銀行券)」に例えています。

さらにFRBのJeffery Zhang弁護士とYale大学Gary Gorton教授は「山猫ステーブルコインを飼い慣らす」という論文を発表し、フリーバンキングだろうとステーブルコインであろうと民間企業が発行する通貨が機能することはないと結論づけています。

しかし、前述の通り、アメリカでフリーバンキングが機能しなかったのは不合理な州規制のせいであり、自由競争貨幣の失敗ではありません。現にスコットランドの1716〜1845年にわたる約130年のフリーバンキング時代には銀行間競争を介した健全で安定した金融制度が実現しました。

では、なぜ政治家や中央銀行は史実を歪めてまでステーブルコインの規制強化にこだわるのでしょうか?

現在独占している通貨発行権と通貨発行益をステーブルコインの発行管理体に奪われることを恐れているからです。既得権益を守るには、手遅れにならないうちにステーブルコインの信用を失墜させて組織を弱体化させ、CBDCを発行しなくてはなりません。彼らも必死なのです。

さらに国家による国民監視機能強化を伺わせる昨今の諸政策からは、CBDCを国民の経済活動を追跡するツールとして活用する思惑も透けて見えます。CBDCは政府権限拡大の肝とも言える重要マターなのです。

**********

個人的にはステーブルコインの価値提案は今でもよく理解できません。それでも今年1月に300億ドル程度だったステーブルコインの時価総額が夏には1,000億ドルを超えており、需要があることは確かです。文末チャートはステーブルコイン時価総額の推移です(出典:https://www.statista.com/statistics/1255835/stablecoin-market-capitalization/)。

今のビットコインは価値貯蔵手段としては優れていますが、ベネズエラ、ナイジェリア、レバノンなど経済破綻国では、今日を生き抜くのだけでも大変で10年後の資産価値を心配する余裕はありません。そんな状況では、日常的な交換手段としてビットコインではなくドルペッグのステーブルコインが選好されるのは理解できます。

日本で安定した通貨の恩恵を受ける私がステーブルコインなんて不要と言うのは、White Privilege(白人特権)を持つ人がビットコインを不要と切り捨てると同じことです。ステーブルコインの規制議論を通して、そんな当たり前のことと自らの傲慢さに気付かされました。