2023年の初め頃にOrdinalsという概念が誕生して以来、ビットコインユーザーの間に溝が生まれています。かたや「ビットコインノードにビットコイン送金と無関係のデータを保存させるのは非中央集権の維持コストを増大させるほか、手数料の急激な高騰により多くのユーザーをクラウドアウトしてしまう」、かたや「ビットコインのユーザーが増えるし、実際投機ユースケースの手数料がマイニングの持続可能性に貢献する」という、どちらの主張にも説得力があることも事態を悪化させています。

手数料水準は上がったり下がったりで完全に送金用途で使えないほどではありませんが、以前の記事で紹介したRunesがリリースされた半減期直後はトランザクション手数料が著しく高騰し、半日ほどは少なくとも1,000 sat/vbyteもの手数料を支払わなければ承認が得られませんでした。一般的なトランザクション(140バイト前後)で言うと1万4千円です。

果たしてブロックチェーン上で投機を行うユースケースはビットコインにとってトータルでプラスの影響を与えるものなのでしょうか?簡単に結論を出せる問題ではありませんが、今日は両方の主張についていくつかの側面から強い部分・弱い部分を指摘してみます。

・反対派への指摘:クラウドアウトは現実問題として発生するが、取れる対策はない

・賛成派への指摘:ユーザーの増加やスケーリング圧力には長期的にメリットもあるが、マイニングの持続可能性が脅かされているというのは誤解

・まとめ

反対派:クラウドアウトは現実問題として発生するが、取れる対策はない

クラウドアウトについて

投機という金融的なユースケースは「利益を生む可能性がある」という点から送金のトランザクションより高い手数料を支払っても成り立ちます。これは2020年にイーサリアムでオンチェーンの金融機能が盛り上がった"Defi Summer"でも顕著に起こった現象で、ステーブルコインなどを使った送金需要の多くはこの頃からイーサリアムより手数料が安いチェーン(トロンなど)へと移っています。

「お金である」ことが目的のビットコインにとって、通常の送金利用が急速にクラウドアウトされるのは好ましくないでしょう(今はライトニングなどもあり、いくらかマシではありますが)。ただ、ブロックスペースが限られている以上、ビットコインが成功していれば長期的にはトランザクション手数料は上がっていくという見方が一般的です。あくまで「急激な手数料高騰」がユーザーにとっての問題を引き起こすというわけです。(為替介入する財務省みたいな表現ですね)

非中央集権性について

では、クラウドアウトはともかく非中央集権性へのコストに関してはどうでしょう?ビットコインの非中央集権性を支えるノードの運用負担が増えれば数が減ったり、同期が難しくなる可能性があります。そしてOrdinals Inscriptionsを用いるプロトコルは設計上UTXOセットの肥大をもたらしやすいです。2023年末に約9GBだったUTXOセットは半年で約12GBへと膨れています。

とはいえ、ビットコイン・ブロックチェーンに送金以外のデータを刻むことを100%防ぐことは絶対に不可能です。Ordinals Inscriptions以前にも、はるか昔からそのような試みはされてきており、極端な話だとデータをビットコインアドレスとしてエンコードしてしまえばよいのですから。

Bitcoinホワイトペーパーをブロックチェーンから抽出する
先週はLuke Dash Jr氏が運営する新興マイニングプールがOrdinals Inscriptionsを検閲していることが話題になっていましたが、今週も引き続きLuke Dash Jr氏がビットコインをデータ置き場に使うユースケースに対する反発を行動に移しており、Bitcoin Coreのトランザクションリレーポリシー (ノードが隣のノードから受け取ったトランザクションを他のノードに転送する際の条件) のうちトランザクションに関係ないデータ量を判定するコードがInscriptionsのデータサイズを見落としているのはバグだと指摘し、修正案を提出するなどしています。 先週の記事↓ マイニングプールによる検閲の影響力をおさらいするここ最近マイニングプールによる検閲が熱いトピックとなっています。9-10月にかけて業界3番手のマイニングプールであるF2PoolがOFAC規制に基づき制裁対象となっているアドレスからのトランザクションを意図的に含めていなかったことをリサーチャーの0xB10C氏が検知し公表しました。 Bitcoin’s Anti-Censorship Ethos Surfa

反対派の立場で取れる行動

それではもうお手上げかというと、必ずしもそうではありません。現状に対して取れる行動はなくても、未来に対して取れる行動があるかもしれません。

例えばパンドラの箱を開けてしまうような新機能の実装に積極的に反対していくという行動には意味があるでしょう。Ordinals InscriptionsはTaprootが導入されなければ存在しなかったという主張は誤りですが、Taprootの開発者やレビューをした人たちに「ブロックスペースをあえて非効率に使う」という発想がなかったのは慎重にことを進めても将来的な使われ方を予測する難しさを表しています。

その点で1つ気になるソフトフォーク提案としてOP_CATというものがあります。年末の記事では軽く触れただけでしたが、これは2つ以上のデータをつなげて評価するためのオペコードという単体で見るとシンプルなものです。しかし、Bitcoin Script内で扱えるデータの範囲(種類やサイズ)が非常に大きくなるため、他のオペコードと組み合わせたときの影響を評価することが難しいという危険性を秘めています。

このように、提案に対してリスクとメリットを天秤にかけて意見を持ち、声を大にしておくことは重要です。もちろん、あまりにも保守的になりすぎて「ビットコインにこれ以上の改善は必要ない!」という極端な意見にたどり着くのはあまりにも早計だと思いますが…。

個人的にはスケーラビリティの改善などを慎重に、なるべく副作用の少ない形で実現していくこれまでの路線を継続するのが良いと考えています。

賛成派:ユーザーの増加やスケーリング圧力には長期的にメリットもあるが、マイニングの持続可能性が脅かされているというのは誤解

スケーリング圧力は効いている

まさに昨年から盛り上がっているコベナンツ関連の様々な提案ですが、オンチェーンの手数料が高騰するほどスケーラビリティ面でのメリット(レイヤー2やトランザクション予約など)が強調されます。

OP_CTVは当初からユースケースの1つとして「バッチングなどの大きなトランザクションを、手数料が高いときに予約しておき、低いときに実行する」というものを挙げていましたが、まさに手数料高騰時代に必要なものでしょう。具体的には、手数料の高いときに特定のトランザクションでしか使用できないコベナンツのUTXOに対して送金することで、その後それ以外のトランザクションで使用できない、つまりそのトランザクションを予約している、という扱いにできます。

コベナンツがレイヤー2の設計に便利なのも、この「トランザクションを予約している(それ以外のトランザクションで使用されない=監視が必要ない)」という性質が便利なためです。

草コインやNFTの投機で集まるユーザーが長期的にビットコインに残るかは不透明かもしれませんが、オンチェーンの投機活動がビットコインのスケーラビリティ改善を従来より速いペースで推進しているとすればそれは長期的にはメリットになるでしょう。

マイニングの持続可能性云々はPoWへの理解不足からくる誤り

しかし、見過ごせないのがよく見る「マイニングは半減期を重ねると報酬が足りなくなってビットコインのセキュリティに影響する。だから手数料を払う投機ユーザーはありがたい」という言説です。一見正しそうに見えるこの理屈は「ビットコインのセキュリティ」に関する理解が不足しています。

もともとProof of Workによるビットコインのセキュリティは確率的なものです。よく取引所などで入金まで2承認、6承認という数字を見かけますが、この6承認という数字は実は1時間(10分×6ブロック)から逆算しただけのあまり根拠のないものです。なぜ根拠のない目安が使われ続けるかというと、現在のビットコインにおいてreorgが自然発生しても高々2ブロックほどで解決されるためです。したがって少額のトランザクションに関しては問題になりません。

問題は二重支払い攻撃のインセンティブが大きい高額なトランザクションです。

仮に攻撃者がハッシュレートの大きな割合をレンタルできるとしましょう。(51%攻撃という名前はありますが、それ以下でも運が良ければ成功しますし、それ以上ないと安定して成功させることは難しいです。)もし二重支払い攻撃を行って得られる金額の期待値がプラスであれば実行するかもしれません。つまり、1兆円分のビットコイン送金を受け取るなら決済扱いにする前に6承認どころか数週間待ってもいいかもしれません。これは現状でもベストプラクティスです(取引所に高額な入金をしたら6承認で反映、というわけにはいかないでしょう。それは資金の出どころを確認されるという側面もありますが)。

仮にブロックの採掘報酬がほぼトランザクション手数料のみとなった世界で手数料が少なかったら確かに6承認では心もとないかもしれません。しかし、それは決済に必要な承認数を調整すればなんとでもなる話なのです。

まとめ

この議論は両陣営ともに説得力がある主張をしていて、実際にどちらも一理あるので決着はつかない永遠のテーマの1つだと思います。その中でまとめるなら:

・金融的なユースケースは単純な送金より高い手数料を払えるため、送金ユーザーをクラウドアウトする

・ビットコインは改善の余地があり、高い手数料水準はスケーリング技術の開発と利用を促進する

・手数料の絶対額が低ければビットコインは使えないというのは誤りであり、確率的なファイナリティを得るのに時間がかかるということでしかない

余談ですが、最近多いソフトフォーク提案についても、導入まで時間がかかるプロセスだからか派閥構造があり、比較的中立なインフルエンサーも炎上を恐れて触れたがらなかったりするのが歯がゆいです。