Protonmailを始めとした、プライバシーコンシャスなユーザーに支持されるサービスを展開するProton社が、これまで一部ユーザーと招待ユーザーに限ってベータ版提供していたビットコインウォレット・Proton Walletをついに一般向けにリリースしました。

Proton Wallet: A secure, self-custodial Bitcoin wallet | Proton
Our end-to-end encrypted wallet gives you control of your Bitcoin and makes it easy to transact with anyone. Available on web, iOS, and Android.

マーケティングがビットコインマキシマリストだったり、ライトニングへの対応を検討している(※ただしノンカストディアルな形で実現するのに課題を感じている)など、既存ビットコイナーからも一目置かれるProton Walletは有力アプリが乱立するセルフカストディ型ウォレット業界にどう切り込むのでしょうか。

・Proton Walletの技術スタックと特徴

・既存のProtonユーザー〇万人へのリーチ

・セルフカストディはこのままアングラであり続けるのか

Proton Walletの技術スタックと特徴

Proton WalletはSpiral(旧Square Crypto)が提供するBitcoin Dev Kit(BDK)を使って開発されています。BDKはウォレットをはじめとする多様なサービスに活用されており、本稿で紹介したことのあるLiana WalletやMutiny Wallet(終了)、10101(終了)、Bitkeyなど新しめのウォレットに多く使われています。

ウォレット開発役立ちライブラリの紹介
BlueWalletなど昨今のウォレットアプリでは、電子署名やアドレス生成部分などに関して外部のオープンソースな共通コンポーネントを利用してアプリ開発を行っています。開発の現場では、こうした共通の部品をライブラリと呼称します。 ライブラリは様々なプロジェクトに利用されることで、沢山の稼働実績がたまります。その結果、多くの動作不具合が修正され、とても品質の高い部品となります。 電子署名、アドレス生成部分などはセキュリティ上欠陥が許されない大事な部分です。もし自前で全部用意するとなると大変な開発コストがかかります(テスト検証のコストが半端ないです)。 アプリ開発を俯瞰したとき、より低コストで全体のクオリティを上げられるという意味で外部ライブラリを利用する意義は大いにあるといえます。 開発の現場は、こうしたライブラリ、不具合情報をやりとりするコミュニティなど様々な開発者向けエコシステムに支えられています。 今回は、エコシステムの中でもライブラリについて、特にビットコイン周りの世界で最近元気なものについてご紹介しようと思います。 BITCOINJS (BITCOINJS-LIB)

それ以外にもBDKは必要な部分だけを選択して利用できるため、mempool.spaceのようなサービスにも使われています。

BDKとセットでよく語られるLDK(Lightning Dev Kit)もあるため、将来的なライトニング導入も連想されやすいですが、それは必ずしも関係ありません。冒頭で触れたとおり、Proton内部ではライトニング導入を進めたい気持ちはあるようですが。

Proton Walletに独特の機能としては"Bitcoin via Email"機能が挙げられます。これはProton WalletユーザーがほかのユーザーのProtonmailのメールアドレスに対して送金できる機能で、送金するたびに新しいアドレスが生成されるためある程度プライバシーに配慮されている仕様となっています。

とはいえ、メールアドレス(Protonmailアカウント)とアドレスが紐づいてしまう点がプライバシー面でマイナス効果なため、この機能については既存ユーザーの反応があまりよくありません。個人的にもそれほど必要か?という気はします。必要ない人はオフに設定しましょう。

既存のProtonユーザー1億人へのリーチ

今回の一般ローンチで一番Protonにとって有利な状況は、すでにProtonの各種サービスのユーザーが1億アカウントも存在することです。

There are now over 100 million Proton Accounts | Proton
This is a significant milestone, not just for Proton and the Proton community, but for the entire privacy movement.

古くからビットコイン決済での支払いを受け付けてきた企業としてそのユーザーの多くはすでにビットコインユーザーでもあるでしょう。また、かなりの割合である程度昔から保有している、すなわちセルフカストディが合理的な保有量を有するユーザーがいることも推測されます。

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Protonmailは2013年にローンチしてから最初の数年はクラウドファンディングを通して売り上げを立てていましたが、2014年には一時的にPaypalにクラウドファンディングの資金を凍結されていました(「暗号化に関する法的な懸念」を理由に)。このときからProtonはビットコイン決済を受け付けています。

Protonの提供するサービスのファンであればProton Walletはセルフカストディ型であることもあり、乗り換えて使う候補に挙がるでしょう。すなわち、Protonの大きなアドバンテージはこのビットコインと親和性の高いユーザーベース、およびすでにビットコインユーザーであるファンの存在です。

個人的に、もし将来的にProton Walletがライトニング対応するとしたら気になるのはこのユーザーベースとライトニングの相性です。割と古くからのビットコイナーほどライトニングに懐疑的なところがありますし、プライバシーを大事にするProtonmailユーザーにはモネロマキシマリストとでもいうべき層も少なくないでしょう。ツイッターでのやり取りを見る限り、彼らはライトニングに対して少し敵対的な態度を取ることが多いように感じています。

冒頭に貼り付けたProton Wallet公式による「We're not interested in shicoins」発言も、全くモネロなど関係ない文脈でしたが、誰よりもビットコインのプライバシー面に不満のあるモネロユーザーを怒らせたようでした。

個人的にはライトニングのプライバシー面はLSP型ではないノンカストディアルなライトニングウォレットを使っていれば一般的には満足いく水準かと思いますが、これをモバイルで優れたUXで実現するのはかなり難しいのも現実です。

セルフカストディはこのままアングラであり続けるのか

Protonはプライバシー重視という比較的アングラに分類されるプロダクト群を提供しており、ビットコインウォレットもその一環とみることができます。言い換えると、かなりアングラ、少なくともアンチエスタブリッシュメントなプロダクト群であるProtonがセルフカストディ型のビットコインウォレットを提供開始するのはETFの登場からの流れであるコンプライアンスとは逆行する、かなりビットコインの思想と合致する行動です。

個人的にはプライバシーの必要性というのは認識されにくく、認識されても実践が難しいことの1つなので、それを改善しようとするプロダクトが存在したり、そこにビットコインとのシナジーが生まれるのもありがたく感じます。

しかし、必要性に迫られるまで人は対策をしないものです。プライバシーであれ、ビットコインであれ、多くの人は実感が得られるまで行動には移しません。Proton WalletがあるからといってProtonユーザーが増えるわけでは必ずしもないのと同じく(実際、主に既存ユーザー向けのアプリと考えてよいでしょう)、ビットコインがあるからといってビットコインユーザーが増えるわけでもありません(行動に移す人がいるから増えるのです)。

というわけで、ビットコインのセルフカストディもまた必要性が実感されるまでなかなか利用者が伸びにくいでしょう。様々な規制の強化で「自分の資産の使い方を自分で決められない」ことを実感すればするほどビットコインの相対的魅力が高まりますが、そんな資産を持つ人自体が少数派です。多数派から少数派を守る、それがビットコインの本質の1つだと考えると、定義的にセルフカストディはアングラな文化のままであり続けることになるのではないでしょうか。