検閲耐性の重要性と大きな誤解
今回はビットコインや暗号通貨全般を考える上でキーとなるコンセプトの一つ「検閲耐性」(Censorship resistance)というコンセプトについて考えてみます。
この言葉自体は昔からビットコインの周りで使われることが多く、ビットコインにとって最も重要な特性を上げるとしたら真っ先に出てくる言葉の一つだと思います。ビットコイン研究所でも、ビットコインが暗号技術やマイニングを通していかにして検閲耐性を維持しようとしているのかなどを過去にも具体的事例を紹介したりしていますし、2017年に起きた一連のブロックサイズ問題とビットコインキャッシュとの分岐、その後のSegWit2x危機などについてリアルタイムで解説、考察をしていました。これもビットコインの外部からの圧力への耐性などを考える上で非常に重要な事件でした。
というわけで、ビットコインにとってこの検閲耐性というコンセプトはある種の伝家の宝刀なのですが、同時に特にここしばらくこの「検閲耐性」という言葉の一人歩きや誤用や濫用、ある種の勘違いも増えている気がします。具体的に言えばここ最近イーサリアムの手数料高騰に伴い、Binance Smart Chain(BSC)やその他のスマートコントラクトチェーンにDeFiの利用が移動し始めているトレンドが続いており、それに対して「イーサリアムDeFiの優位性はこの検閲耐性にある」「手数料の高騰はこの検閲耐性を維持するための必要なコストである」など、より検閲耐性の高いイーサリアムとその他のDeFiの差別化ポイントとして、ビットコイン同様検閲耐性の優位性を指摘する意見もあります。
果たしてこの意見は妥当なのでしょうか?
結論から言えば自分はこの見方は不正確だと思います。そもそもまずは検閲耐性とは何なのか?というポイントに戻りますが、あえて自分の理解でこの言葉を定義すると、「一部の管理者がコントロール出来ない、もしくは規制や外部からの政治的プレッシャーや干渉に影響を受けない」というような中立性や独立性を意味するものとして捉えています。
誰も変えたくても変えられない、という状態といってもいいかもしれません。先日インターネットからトランプ元大統領が一日にして姿を消した、という事件がありましたが、TwitterやFacebook、Youtubeなどは中央にサービスの管理主体となる企業が存在し、これらのサービスは簡単に検閲が可能で、検閲耐性は当然ありません。
一方、ビットコインなどのパブリックチェーン上であれば、トランザクションを選別する権利を持ったマイナーは激しい競争にさらされており、仮に一つのマイナーが特定のトランザクションを拒否しても、ユーザーがトランザクションに手数料を十分乗せていれば、最終的には利益追求を目指すその他のマイナーにブロック承認してもらえる可能性が非常に高いです。ユーザーが高い手数料をマイナーに支払うことで、この検閲耐性というサービスを購入している、というような見方も出来るかもしれません。
一方、集権化されたブロックチェーン上では手数料は安かったとしても、特定のトランザクションやアドレスが管理者に凍結されてしまうリスクもあったり、検閲耐性は低いです。ここまではよく言われる比較的簡単な話です。なので、イーサリアムで今ブロックチェーン上のトランザクション手数料が非常に高騰していますが、これはDeFiの検閲耐性を獲得するために非常に重要で、安かろう早かろう、というチェーンと比較するのはナンセンスだ、という意見があるのも何となくは理解できるかもしれません。
ただし実態をもう少しよく考えて見れば、イーサリアム上の既存のDeFiの多くはそもそも分散化されているとは言えない状況で、高い検閲耐性のコストを支払う意味がないという指摘の方が本質を捉えていると思います。元々規制者がその気になれば停止を出来る構造になっているDeFiの場合(Admin keyが存在する、ガバナンストークンが一部の保有者に集中しているなど)、高い手数料を払っていても潰れる時は一瞬で潰されてしまうかもしれません。
また仮にDeFiに今後厳しい規制が入るとしてもそれはもう少し先の話で、Yield farmingなどをやっている人の大部分はそもそもどうせ短期で稼ぎたいだけなので、例えば1年後に規制が入ってBSC上のDeFiが全て停止したとしても特に何も問題ないでしょう。
そういう人たちはハックがあった時にお金が返って来ない可能性のあるイーサリアム上のDeFiより、資金力の余裕があり何か問題があった時にトランザクションを止めたり(検閲ですね!)してくれる管理者がいるチェーン上の「DeFi」の方がむしろ都合がいいですよね。このイーサリアムDeFiの集権性、DeFiファーミングという短期のマネーゲーム、DeFiといいながら集権的なアプローチへコンセプトを許容しすぎた…、そういう矛盾というか痛いところを、CZはBSCでグサグサ残酷に突いていて、そして実際DeFiの利用や流動性がどんどんBinanceに移動しているのが今の状態ですね。
それに対してイーサリアムの人たちは検閲耐性の欠如や、集権制を批判しているわけですが、上記の通りこの批判はむしろブーメランしてしまっており、CZはそこもすでに完全に見透かしているわけです。
少し話を戻して、検閲耐性が必要なトランザクションとは何でしょうか?一言で言えばそれは一般的に違法な可能性が高いトランザクションです。何が言いたいかと言うと、仮に完全に既存の法律に準拠して、ユーザーもKYCなどをしているDeFiがあったとしたら、検閲耐性などは全く必要なく、イーサリアムで高い手数料を支払ってそのサービスを使う必要性はないです。プライベートチェーンでもデータベースでも全く問題ないでしょう。
そう考えると大部分のDeFiやNFTプロジェクトは別に「違法」なことをしたいわけではないでしょうし、管理主体や開発チームがそもそも存在するので、イーサリアム上で高い手数料を払って全てのトランザクションで検閲耐性を維持する必要はそもそもないです。それらのプロジェクトは単純にトークン販売などを通して利益を上げたり、多くのユーザーが存在するプラットフォームでサービスを展開したいだけです。なのでやはり大量のユーザーが存在するBinanceが支援するBSCに移行したり、もしくは複数のブロックチェーン対応していくだろうということはむしろ自明です。
今までもそういう話をしていましたが、イーサリアムの手数料問題が深刻になり、ついにそれにみんな気づき始め、このトレンドが表面化し始めただけです。ちなみに自分は別に必ずしもDeFiというコンセプトを否定しているわけではありません。イーサリアム上に存在すべき違法性が高かったり、匿名開発チームにより開発されていて、変なガバナンストークンなどを発行していないようなプロジェクトはイーサリアムを使うべきですし、それこそ本当のDeFiだと思います。違法というと何か非常に聞こえは悪いですが、国によっては資本規制などそもそも金融サービスへのアクセスを制限されているような国もあり、そういう国で抑圧されている人たちに厳密には違法だがよりオープンな金融サービスを提供する、というのは自分はむしろ価値はあると思っています。
ただそういう覚悟を持って開発している人たちはむしろ少数で、それ以外は別にその他のチェーンに引っ越していけばいいでしょう。つまり大部分のDeFi開発者もDeFiユーザーも検閲耐性に高いコストを払う覚悟なんて元々ないのです。
一方、ビットコインの場合はかなり初期から文化的にも明確にそういう覚悟を持って取り組んでいる開発者も多いですし、Fiatという既存のシステムへのアンチテーゼ、差し押さえなどが不可能なデジタルゴールド、というユースケースから考えても、検閲耐性というのは非常に重要で特に大きな価値を動かす時はこれからも高いコストを支払う価値はあると思います。
また、もう一つ大きなポイントとして、ビットコインというビットコインのブロックチェーン上に存在する価値/マネー/貨幣の性質をそのまま引き継いで移動させることはできませんが、アプリや流動性、ユーザーは比較的簡単にコピーしてその他のチェーンに移動させられるというビットコインとスマコンチェーンの違いも重要でしょう。BSCはイーサリアムのコピペですが、むしろだからこそイーサリアムにとってはこれは一番嫌らしく効果的な攻撃と言えるかもしれません。
---というわけで、上記は基本的に今までビットコイン研究所で説明していたことの繰り返しや整理をしているだけですが、Tetherの複数チェーン対応、イーサリアムスケーラビリティ問題と手数料の高騰、BSCの興隆、Interblockchain(相互互換性のあるブロックチェーン)…、すべてつながっていますし、今まで言っていたことがようやく少しづつ表面化してきているだけです。「検閲耐性が重要」とビットコイナーがずっと言ってきたことも、これはユースケースや利用目的、技術特性などを考える別に必ずしも常に当てはまるわけではないですし、そこだけ考えていると今何が起きているのか、なぜただのコピペなだけのはずのBSCやその他のブロックチェーンに人や流動性が動いてしまっているのか、は見えてこないですし、検閲耐性というのを誤解してしまっているのではないかと思います。
次の記事
読者になる
一緒に新しい世界を探求していきましょう。
ディスカッション