2026年8月8日、ついにBIP-110をアクティベーションした少数派がビットコインのブロックチェーンから分岐し、新しい歴史を歩み始めました。とはいえ、最初の3日間で2ブロックしか採掘されず、経済的には失敗したものとみられています。

ビットコイン研究所でも数年前からOrdinals Inscriptionsの登場やビットコインの手数料相場への影響、そしてOceanというマイニングプールを中心として反対運動のようなものを取り上げてきました。その極致として、「ビットコインからスパムを追い出そう」「ビットコインを送金専用にしよう」という旗のもと、広く支持を集めることはできなかったものの、ついに2026年8月にBIP-110ソフトフォークがアクティベーションし、ブロックチェーンが分岐しました。

ビットコインを通貨として使うユースケースに最適化しよう!とも聞こえるBIP-110支持者たちの主張は、一見ビットコイナーに受けがよさそうに感じます。スパムは手数料の高騰を招き、誰かの決済に使われるべきブロックスペースを圧迫します。それなのに、幅広い支持を集めることができず事実上失敗してしまったのはなぜでしょうか?

今日は3つの理由を挙げて、BIP-110が失敗した理由を解説します。

BIP-110はなぜ失敗するのか | ビットコイン開発でソフトフォークに慎重になるべき理由
ビットコイン上に送金以外のデータを記録するようなトランザクションを排除しようとするBIP-110というソフトフォーク提案について、その経緯と内容を説明します。また、実際にソフトフォークが成功する可能性が低いと考えられる理由を解説します。

BIP-110がなぜ失敗するかを以前に解説した記事も、ぜひセットでお楽しみください

理由① いわゆるスパムの根本対策になっておらず、前提がそもそも成り立っていなかった

ビットコインに変更を加えることは、ビットコインの利用者の間で幅広い支持が得られなければ実現しません。それぞれのユーザーが自己主権性を持ち、変更を提案したりフォークする自由があるため、妥当性がないと判断した変更にはついてきてくれず、ビットコイン利用者が一丸となって採用することはないでしょう。

OP_CTVとソフトフォーク導入方法
先週は寄稿をお休みさせていただいたので前回から間隔が空いてしまいましたが、その間にビットコインの世界は一大論争が巻き起こっています。本稿でも何度か登場している独創的なビットコイン開発者、Jeremy Rubin氏が自身の提案するOP_CTVという機能のソフトフォークによる導入をSpeedy Trial方式で目指すと発表したのです。 ところが同じくSpeedy Trial方式で導入されたTaprootと異なり、まだユーザーやビットコイン開発者の中でOP_CTVに対して広く支持が得られていないこと、Speedy Trial自体がソフトフォークの導入方法として好ましくないことが意見の対立につながっています。 今日はOP_CTVの概要と論争となっているポイントを整理し、個人的な意見も交えながら現在の論争がビットコインの将来にどのような影響を与えうるかを考察します。 TAPROOT導入時のおさらい Taprootの導入にあたって、2017年にユーザーの大半が支持したSegwitの導入にマイナーが抵抗したことを踏まえ、導入に際してマイナーに依存しないソフトフォークのアクティベーション方法

ソフトフォークの導入プロセス自体についても明確に規定されているわけではありません。

一般的な理解としては、ビットコインの思想に強く共感するユーザーだけでなく、単なる保有者、開発者、事業者、マイナーなど様々な主体の連携を実現してはじめて、変更はスムーズに導入できます。利害の調整が難しくて揉めたケースとして2017年のSegwit導入、利害が一致していたので結果的にはスムーズに導入できたのが2021年のTaprootでした。

今日のテーマであるBIP-110は支持者による宣伝が(いわゆる草コインを激しく嫌悪する)一部のビットコイナーには強く刺さったようですが、その他大勢の冷静な参加者には冷ややかな受け止め方をされていました。その根本原因は、BIP-110が主張する「スパム対策」は全く根本的な対策になっていないことでした。

例えば開発者の大多数は、BIP-110の提案する変更が本質的なスパム対策にはならないことを理解していました。ある方式を明示的にブロックすることができても、一般的なビットコイン送金に無関係なデータを埋め込むことによる迂回を防ぐことはできません。むしろ、そのように「地下化」したほうがさらにビットコイン自体にとって負担になることも十分あり得ます。

それにも関わらず、X上などで開発者が議論をしても、BIP-110支持者が様々な詭弁を使っていて平行線という状況でした。このような議論を見てBIP-110の筋の悪さに気づいたその他大勢のビットコイナーも、関わりたくないと思いながらも反対姿勢を心に決めていたのでしょう。

もしBIP-110が本当にビットコインユーザーが困っている問題を、本当に解決するような提案だったら結果は違ったかもしれません。

理由② 敵対的な姿勢で短期決戦を求めてしまった

次に、必ずしも技術的に有効な解決策でなかったとしても、圧倒的多数のビットコインユーザーから幅広い支持が得られていた展開もあったかもしれません。そうならなかった理由の1つに、支持者によるあまりにも攻撃的なSNSを使った広報戦略があげられると思います。

理由①の最後の方でもお伝えしましたが、BIP-110支持勢力は自分たちに同意しない人をすべて「ビットコインの敵」と決めつけ、「詐欺師」「ペドフィリア」「無能」など様々なレッテルを貼り、いじめのようなやり方で穏健派のビットコイナーを押し込もうとしていました。その一環として、Bitcoin Coreの重要なコントリビューターの一人であるGloria Zhao氏を退任に追い込むなど、支持勢力のやり方に強い嫌悪感を覚えました。

Package Relayの導入がライトニングの弱点を改善
ビットコインのソフトウェアは常にアップデートされています。目立つのはコンセンサスに関わる変更-ハードフォークやソフトフォークと呼ばれるもの-ですが、その頻度は非常に低いためあまり積極的に開発されているイメージは強くないかもしれません。しかしながら、それ以外の部分でも重要な改善が加えられています。 たとえばBitcoin Coreのフルノードの同期はサイズの割に高速ですが、これもノードの挙動をアップデートし最適化し続けている成果です。また、ポリシールールという、コンセンサスには影響しないがノードの挙動を決めるルールがあり、ネットワーク関連の機能に使われることが多いです。 今日はポリシールールとして近い将来に導入されるであろう“Package Relay”というトランザクションの伝播に関わる新しい仕様と、それがライトニングやDLCにとってどのような問題を解決するのかについて説明します。 メモリプールとトランザクションのリレー ビットコインの手数料を意識したことのある方にとってメモリプールというものは馴染み深いものかもしれません。一応説明すると、フルノードが他のノードからまだブロッ

Gloria Zhao氏はPackage Relayの導入など、メモリプール関連の開発に大きく貢献していました

たとえ反対意見があったとしても、私は人格攻撃や誹謗中傷、キャンセルカルチャーのような手法を採用することには反対です。

また、そもそもBIP-110の旗振り役となっていたLuke Dashjr氏がBIPリポジトリのメンテナ(一時は唯一のメンテナ!)であり、自分の気に入らない提案には番号を割り振らず、BIP-110だけ通常の手続きの外で番号を割り当てるなど、BIPプロセスの乗っ取りともいえることを行っていたのも開発者コミュニティからの不信感につながっていました。ついに今回のフォークを機に、Luke Dashjr氏はBIPメンテナの権限を剥奪されました。

BIPを通したビットコイン改善プロセスはもう終わり?BINANAとは
読者の皆さんのほとんどはBIPという用語をご存知かと思います。Bitcoin Improvement Proposal (BIP)とはビットコインに対してなにか変更(新しい機能や仕様など)を加えるためのプロセスで、誰でも参加できる状況で、慎重にゆっくりとその是非を検討するための仕組みとなっています。 ところが、近年このBIP採択パイプラインが非常に遅いことに不満を持つ開発者が増えています。また、昨年注目を集めていたコベナンツに関連してソフトフォークをSignetで実際に動かしてみて評価するためのクライアント:Bitcoin Inquisitionというものも生まれています。このBitcoin InquisitionにおいてBINANAというBIPを置き換える仕様追加プロセスが導入されました。 今日はBINANAがBIPプロセスとどう異なるのか、そしてBitcoin InquisitionとBINANAが描くビットコイン開発の今後のあり方を解説していきます。 ・BIPプロセスの問題点 ・BINANAとBitcoin Inquisition ・これからのビットコイン開発はどうなる

以前BIPプロセスの問題点が話題になったとき、問題の半分は人手不足で、問題のもう半分はLuke Dashjr氏の主観的な判断による妨害だったともいえます。

理由③ フォークコインに対する需要がなかった

さて、BIP-110支持者はいわゆるマイナーによるシグナリング期間をいくつか設けたものの、結局ほとんど支持を得ることができず、最後のシグナリング期間が終わった瞬間に(事前に決めていたとおりですが)フォークしました。そして、ブロックの生成は事実上ほぼ停止しました。

BIP-110にとどめを刺したのはフォークコインに圧倒的に需要がなかったことです。私の知る限り、世界のどこにもBIP-110チェーンのコインを取り扱う取引所はありませんし、実際に価格がついているとも聞きません。

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BIP-110チェーンでコインを動かすことは、同じトランザクションがBTCチェーンでも有効となってしまうので、誤って送金先にBTCも送ってしまう可能性があるため、経済的価値が乏しい現状ではおすすめしません。フォークコインの取り出しについての記事は、需要がありそうなタイミングで作成します。

もし需要があれば、予測市場が立ち上がり、取引所は採用し、マイナーもシグナリングしたかもしれません。しかし、圧倒的にBIP-110コインに需要がなかったことが失敗した原因ですし、市場原理的には失敗して当然だったともいえます。

まとめると、BIP-110は技術的実体を伴わない誇大広告や執拗な人格攻撃により支持を拡大することができず、私財を投じて購入したいという人もいなかったため、失敗すべくして失敗したといえるでしょう。

今後、BIP-110がどうなっていくか

この記事が出るタイミングではBIP-110のフォークから約半月が経過しています。これまでの半月で、BIP-110は合計7ブロック進みました。Luke Dashjr氏はビットコイン側では事実上失脚したのでBIP-110サイドで活動を続けていますが、BIP-110支持者の多くは決着がついたと判断し、撤退しています。

Oceanだけが2日に1ブロックほど生成している

BIP-110の残党が次に取るステップとしては、強制的に難易度調整を発生させるソフトフォーク、マイニングのアルゴリズム変更などが提案されているようです。これらの手段を取ることで、ブロックチェーンは実際にまた進みだすことでしょう。しかし、そこに残ったのは「自らの望む変更をいくらでも導入できる代わりに、もはやビットコインではなくなった何か」です。その現実をみて、元BIP-110支持者の多くはあきらめたのではないでしょうか。

今月から秋にかけて、ビットコインではまた別のクセモノ開発者のPaul Sztorc氏が主導するeCash(ECX)というハードフォークが予定されています(ビットコイン研究所で何回か取り上げている技術のEcashとは名称がかぶりますが、別物です)。彼は10年以上前から主張しているDrivechainという技術を導入したいことが原動力のようですが、これまでビットコインではあまり支持が得られなかった過程を含め、BIP-110と重なる部分があります。そちらもフォークコイン自体に需要がなければ失敗に終わるだけですが、現状では需要はなさそうに思います。

BIP-110の議論に費やされた不毛な時間、人格攻撃がもたらした不和や引退などは取り返しがつきませんが、ようやく決着がついたことは喜ばしいことです。ビットコイン研究所でもBIP-110関連の記事は極力少なくしていましたが、不毛な議論に無駄なリソースをかけないことはビットコインの今後のために非常に重要だと考えています。