Happy White Paper!!!

ということで本日10月31日は「ホワイトペーパーの日」と呼ばれ、サトシ・ナカモトがビットコインを世の中に公開した日として知られています。サムネの画像は実際の投稿のアーカイブですので、確認してみてください。

世間一般では10月31日といえばハロウィンが有名ですが、元々はケルト暦の1年の終わりに死者の霊や悪霊が現世にやってくるため、身を守るために仮面を被っていたことが起源にあるそうで、この「仮面の日」に正体不明の人物がビットコインを発表したことはどこか共鳴するものを感じます。

本稿では普段の技術的な記事とは趣向を変えて、ホワイトペーパーに関する雑学や歴史についてご紹介していこうと思います。

メーリングリストへの投稿

ビットコインのホワイトペーパーが投稿されたのは、2008年当時サイファーパンクで人気のあったメーリングリストの「metzdowd.com」というフォーラムでした。実はビットコインの登場はサイファーパンクの歴史と言えるほど密接な関係があるのを知っていますか。詳しくは以下の記事をご参照ください。

サイファーパンクとデジタルキャッシュの歴史①
ビットコイン誕生に寄与したサイファーパンクの歴史を紹介。公開鍵暗号の考案から、暗号技術の輸出規制をめぐる政府との攻防、PGP開発者への捜査までを振り返る前編です。
サイファーパンクとデジタルキャッシュの歴史②
本コラムは【2021/10/22】サイファーパンクとデジタルキャッシュの歴史①の続きです。 サイファーパンクとデジタルキャッシュの歴史①ビットコインは彗星の如く現れた革新的技術、サトシ・ナカモトという天才がゼロから生み出したシステムと思っている人は多いのではないでしょうか? ビットコインにつながる技術を1970年代から列挙したAnsel Lindner 氏による “Bitcoin Prehistory”(ビットコイン前史)というタイムラインを見れば、そうでないことがよくわかります。以下、Lindner 氏がタイムラインに添えたメッセージです。 ビットコインは突然現れたわけでも、偶然の産物でもない。デジタルキャッシュの必要性を痛感した先人たちによる40年間の研究開発の賜物なのだ。 本コラムでは、ビットコイン誕生に寄与したサイファーパンクと彼らの偉業を Bitcoin Magazine が先週公開したAlex Gladstein 氏の寄稿記事 “The Quest for Digital Cash”(デジタルキャッシュを追い求めて)を基に振り返ります。 https://bitcoinma

記事を読んでいない方のために簡潔に説明すると、1970年代から続く暗号とデジタルキャッシュの歴史の延長線上にビットコインは生み出されているため、ビットコインは一人の天才が突然築き上げたものではなく、数々の先人たちの研究の上に成り立っているという背景が存在します。

このような流れの中でビットコインの公開はサイファーパンクのメーリングリストに投稿されましたが、当時リストではハッシュ関数に関する投稿が続いており、その流れの中にビットコインの投稿が紛れ込んだ格好のようです。

実際の投稿はこちら。

Bitcoin P2P e-cash paper

周囲の反応

ビットコインの投稿に対して周囲の反応はとても冷たいものであったようです。

最初の返信は2008年11月2日にジェームズ・A・ドナルドが以下のように反応しています。

ジェームズ・A・ドナルドの投稿(一部抜粋)
私たちはこのようなシステムを心から必要としていますが、あなたの提案は、私の理解する限り、必要とされる規模まで拡張できないように思えます。

譲渡可能なプルーフ・オブ・ワーク・トークンに価値を持たせるには、それらが金銭的価値を持たなければなりません。金銭的価値を持たせるには、非常に大規模なネットワーク(たとえばBitTorrentのようなファイル交換ネットワーク)の中で譲渡される必要があります。

現在でもたまに見かける、ビットコインはスケールしないという批判が初っ端からあったことはなんとも興味深いですが、当時は先人たちのデジタルキャッシュが悉く上手くいっていなかったことで、また失敗するのではという雰囲気があったように思えます。

同様にしてジョン・レヴィンやレイ・ディリンジャーといった人物がサトシに懐疑的な反応や技術的な質問をしていました。一方この中で最も前向きな反応を見せていたのが、ハル・フィニーでした。実際の投稿を以下に載せておきます。

ハル・フィニーの投稿(一部抜粋)
Bitcoinは非常に有望なアイデアだと思います。誠実な参加者のCPUパワーが攻撃者のそれを上回るという前提にセキュリティを置く発想が気に入っています。これは「ロングテール」の力を活用した、とても現代的な考え方です。Wikipediaが始まったとき、私はそれがうまくいくとは思いませんでしたが、似たような理由で大きな成功を収めました。

また、生産速度が予測可能で、不正な当事者が左右できない「偽造不可能なトークン」には、潜在的な価値があると考えています。これは法定通貨よりも金に近いものになるでしょう。ニック・サボは何年も前に「bit gold」[1] と呼ぶものについて書いており、これはその概念の実装になりうるかもしれません。また、重量級の非匿名システムの上に軽量な匿名決済の仕組みを構築する提案もこれまでにあるので、Bitcoinを土台にすれば、論文で論じられている仕組みを超えた匿名性も実現できるかもしれません。

上記のハル・フィニーの投稿は、サトシの最初の投稿から1週間後の2008年11月7日に送られており、好意的な印象を持っていたことがわかります。しかしながら全文を読んでみるといくつか技術的な疑問はあったようで、サトシに様々な質問を送っていました。

のちにハル・フィニーは自らビットコインノードを動かしており、2009年1月12日にはサトシから史上初の送金( 10BTC)を受け取っています。

実際の送金はこちら。

さてここからは筆者が当時のメーリングリストを見ていて、サトシの特徴を伝えるユニークな投稿を見つけたのでご紹介します。

まずはこちらの投稿をご覧ください。

レイ・ディリンジャー(ハンドルネーム:Bear)の投稿(一部抜粋)
ところで、改行を使うことを覚えてもらえないか?? 君の行は馬鹿みたいに右へはみ出していて、何を言っているのか読むためにスクロールしなければならないし、そのうえ、返信する前に自分で改行を足す編集までしなければならない。

2008年11月15日のレイ・ディリンジャーの投稿によるとこれまでサトシの投稿にはほとんど改行がなく、文章自体が読みづらかった様子がディリンジャーの苛立ちと共に伝わってきます。

この苦言に対しサトシは特に何も反応をすることなく、次の投稿からはあっさり受け入れて改行をつけていることがわかりました。一見匿名性に気を遣っているなどの理由により、改行をつけていなかったと考える方もいると思いますが、筆者の考えは「ソフトの仕様と習慣であった」です。

ある報告では文中のピリオドの後にスペースを2つ入れる癖が、サトシの文章の約81%に見られるそうで、これはタイプライターで文章を書いていた時代からある古いタイプの習慣だとも言われています。そのため改行に関しても特に気にせずに用いていたと考えています。

アーカイブに残ったサトシのメールサービス

ここからは推測が入りますが改行を入れていなかった理由も含めサトシのメールを考察していきます。みなさんはPastebinというサイトをご存知ですか。こちらは文章を貼り付けてURLで内容を共有できるウェブサイトなのですが、ここにサトシとのやり取りのアーカイブが残っています。

サトシが送信したと思われるメール

投稿主はRADIX42という人物でメールの受取人のradix42@gmail.comと名前は一致します。注意が必要なこととしてはPastebinに投稿された内容は誰でも投稿できる性質上、真正性は保証できないということでしょう。

このメールにはmetzdowdのアーカイブページと違いメールのヘッダーが残されているのが特徴です。さて読者の方には次の赤枠で囲った部分に注目していただきたいです。

① GoogleのサーバーがAnonymousSpeechのサーバー(IP:124.217.253.42)からメールを受け取った記録

② 「server123」はAnonymousSpeechのIPと同一

③ メールを作ったソフトの名前(Chilkat)

④ Chilkatがserver123で動いた

Chilkatは開発者向けのライブラリを提供する会社で、現在も製品が更新されています。一方で、AnonymousSpeechは匿名のウェブメールサービスで相手に個人のIPアドレスが出ないことや通信全体をSSLで暗号化していることが特徴です。①~④よりメールはChilkatで作成され、作った機械はAnonymousSpeechのメールサーバーと同じIPアドレスから送られたことが分かります。

💡
AnonymousSpeechがChilkatを利用しているという一次情報は見つからなかったため、あくまで推測です。

これらの情報を組み合わせると一つの仮説を立てることができ、サトシのメールアドレス「vistomail.com」はAnonymousSpeechが提供するドメインで、おそらくサービス上のウェブ画面からメールを書いていたため、文章の行が端にくると自動で次の行に折り返されるなどの仕様もしくはひと段落書き終わるまで横に文を書き続けたことにより、改行をわざわざしていなかったと考えています。

また+0800はサトシの所在地の時刻ではなく、AnonymousSpeechのサービス側のサーバーの時刻だと考えられます。

💡
Pastebinだけでなくこちらの別アーカイブページではジェームズ・A・ドナルドがサトシに宛てたメールの宛先に「CHILKAT」や「server123」の文字が見受けられます。

幻のホワイトペーパー(草稿)

metzdowdに投稿されたホワイトペーパーが初版で現在bitcoin.orgに掲載されているものが改訂版というのが一般的な認識ですが、実は非公開の草稿が存在していたのをご存知でしょうか。

この草稿は現在見つかっていませんがいくつかわかっていることがあります。

これらの情報はホワイトペーパーが投稿される以前に参考文献の引用確認のためにAdam BackやWei Daiへメールを送ったことから知られています。

実際にWei Daiに送った原文を以下に掲載しておきます。

From: "Satoshi Nakamoto" <satoshi@anonymousspeech.com>
Sent: Friday, August 22, 2008 4:38 PM
To: "Wei Dai" <weidai@ibiblio.org>
Cc: "Satoshi Nakamoto" <satoshi@anonymousspeech.com>
Subject: Citation of your b-money page
 
I was very interested to read your b-money page.  I'm getting ready to
release a paper that expands on your ideas into a complete working system.
Adam Back (hashcash.org) noticed the similarities and pointed me to your
site.
 
I need to find out the year of publication of your b-money page for the
citation in my paper.  It'll look like:
[1] W. Dai, "b-money," <http://www.weidai.com/bmoney.txt>, (2006?).

You can download a pre-release draft at
<http://www.upload.ae/file/6157/ecash-pdf.html>  Feel free to forward it to
anyone else you think would be interested.
 
Title: Electronic Cash Without a Trusted Third Party
 
Abstract: A purely peer-to-peer version of electronic cash would allow
online payments to be sent directly from one party to another without the
burdens of going through a financial institution.  Digital signatures
offer part of the solution, but the main benefits are lost if a trusted
party is still required to prevent double-spending.  We propose a solution
to the double-spending problem using a peer-to-peer network.  The network
timestamps transactions by hashing them into an ongoing chain of
hash-based proof-of-work, forming a record that cannot be changed without
redoing the proof-of-work.  The longest chain not only serves as proof of
the sequence of events witnessed, but proof that it came from the largest
pool of CPU power.  As long as honest nodes control the most CPU power on
the network, they can generate the longest chain and outpace any
attackers.  The network itself requires minimal structure.  Messages are
broadcasted on a best effort basis, and nodes can leave and rejoin the
network at will, accepting the longest proof-of-work chain as proof of
what happened while they were gone.
 
Satoshi

https://gwern.net/doc/bitcoin/2008-nakamoto より引用

メールの本文中でリンクされているhttp://www.upload.ae/file/6157/ecash-pdf.htmlが草稿ですが現在はサイト自体が消えてしまったため草稿が失われた状況となっています。メールの受取人であるWei Dai自身も持っていないことから幻のホワイトペーパーと言われています。

一方でアブストラクト(要旨)はメールの後半部にそのまま書かれているため我々が唯一知れる情報です。草稿・初版・改訂版で変更箇所を表にまとめ該当箇所を太字にしてまとめました。

箇所 草稿(2008年8月) 初版(2008年10月) 改訂版(2009年3月)
題名 Electronic Cash Without a Trusted Third Party Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System 初版と同じ
文1 …sent directly from one party to another without the burdens of going through a financial institution. 草稿と同じ …without going through a financial institution.
文2 Digital signatures offer part of the solution, but the main benefits are lost if a trusted party is still required to prevent double-spending. Digital signatures provide part of the solution, …a trusted party… Digital signatures provide part of the solution, …a trusted third party…
文3〜5 We propose a solution… / The network timestamps transactions… / The longest chain not only serves as proof… 草稿と同じ 初版と同じ
文6 As long as honest nodes control the most CPU power on the network, they can generate the longest chain and outpace any attackers. 草稿と同じ As long as a majority of CPU power is controlled by nodes that are not cooperating to attack the network, they’ll generate the longest chain and outpace attackers.
文7 The network itself requires minimal structure. 草稿と同じ 初版と同じ
文8 Messages are broadcasted on a best effort basis, and nodes can leave and rejoin the network at will, … 草稿と同じ Messages are broadcast on a best effort basis, …

筆者が個人的に興味深いと思ったのは論文のタイトルです。草稿時点はBitcoinという名前は使われていないことから当初は別の名前(例えば草稿のタイトルのecash)になっていたかもしれないと想像を膨らませてしまいます。

またもしかしたら「netcoin」になっていたという推測もすることができ、実はbitcoin.orgというドメインが登録されたのはWei Daiにメールが送信される約4日前の2008年8月18日であり、草稿を執筆している時点ではBitcoinという名前に決定していないと考えることもできます。そしてOr Weinbergerのツイートによるとサトシの使っていたメールサービスのAnonymousSpeechから2008年8月17日にnetcoin.orgというドメインが取得されたことがDomainToolsの記録からわかっています。(サトシが取得したかどうかは不明)

のちにnetcoin.orgは削除され別の会社がドメインを取得していますがサトシがギリギリまで名前を迷っていたと仮説を立てることができます。

macOSに隠された秘密

https://waxy.org/2023/04/the-bitcoin-whitepaper-is-hidden-in-every-modern-copy-of-macos/より引用

2018年から2023年頃までmacOSには秘密のファイル(ビットコインのホワイトペーパー)が存在していました。Mojave(10.14.0)からVentura(13.3)のバージョンを使っている方は以下のコマンドをターミナルで入力してみてください。

open /System/Library/Image\ Capture/Devices/VirtualScanner.app/Contents/Resources/simpledoc.pdf

またFinderで開く場合は以下の方法を試してみてください。

  1. Finderで「Macintosh HD」→「System」→「Library」→「Image Capture」→「Devices」を開く
  2. 「VirtualScanner.app」をControlキーを押しながらクリックし、「パッケージの内容を表示」を選ぶ
  3. 「Contents」→「Resources」の中の「simpledoc.pdf」を開く

なぜビットコインのホワイトペーパーが入っていたのかAppleは説明を行なっておらず、2023年のmacOS Ventura 13.4 beta 3で削除されたことが知られています。

ファイル名は「simpledoc.pdf」でわずか184KBであったため一説には社内用のテスト素材として使われていたというのが有力なようです。何にせよ一般のユーザーが開くことは想定していなかったと考えられます。

まとめ

ホワイトペーパーについて調べてみると、改行の癖からメールサービスの名前まで辿ることができ、思った以上にサトシの人物像が見えてきます。ヘッダーに残ったChilkatやAnonymousSpeechの痕跡は改行のない文章の背景を推測する手がかりになり、公開前の草稿の題名やアブストラクトの変化、ドメインの登録時期からは、サトシがビットコインという名前を決めるまでに迷っていたかもしれないことも想像できます。

一方で、草稿の本体やmacOSにPDFが入っていた理由のように、いまも解けていない謎が残っているのも魅力です。来年のホワイトペーパーの日には、また新しい発見があるかもしれません。